少しだけ足早に。


 流れる景色ばかりを見ていた。
 景色といっても、とっくに日が落ちた中で見えるのは人工的に作られた灯りだけ。それに人通りの少ない路地裏を歩いているので、肝心なところから逸らしたままの目に映るのは昼でも夜でも変わり映えのしないコンクリートが多かった。
 夜の少し冷えた空気の中、ほんのりと暖かい右手。そこからむず痒い疼きが全身に広がっているようで臨也は無意識に身震いしていたらしい。
「寒いのか?」
 右手と繋がっている左手の持ち主から問われ、その意外に冷静な響きになんとなく負けた気分になる。どうも調子が狂っていけない。この声は駄目だ。特に今日は。
「違うよ。……寒くなんかない」
 それだけ言うと、繋いだというより握りしめた手を強く引いた。
 暗闇の中で痛いくらい眩しいネオンに装飾された建物。立地を考えて頭の中の地図を開けばここが一番近かったので真っ直ぐにここを目指した。
 ほぼ人とすれ違わずにストレートに来れたけど、その短い時間でも治まるかと思えた熱は逆に高まり、唯一触れている手のひらが汗でぬるついてしまってる。この男相手に、そんな些細なことが恥ずかしくなる時が来ると思わなかった。
 ──躊躇したら駄目だ。
 少しでも我に返れば、この恥ずかしさやら悔しさやら怖さやら色んな感情が混ざって、いつも通りナイフで切りつけて逃げ出してしまいそうだった。
 足を踏み入れた、外観は派手なラブホテルも中は案外落ち着いていて、この手のホテルにしては明るく綺麗に纏まっている無人の受付で手早く部屋を選ぶ。週末ということもあり、ほとんどの部屋が埋まってしまっていたが、値段の高い部屋はやはりというか何というか空いていた。
 どれだけの設備か知らないがお高い部類に入るだろう。だが、この程度の値段なら臨也には何の問題もない。問題があるのは静雄の方だったようで。
「おい、ちょっと待て。高すぎんだろ」
 それまで黙って為されるがまま付いてきたのに、ここにきてこれだ。確かに静雄の価値観からすれば無駄に高いだろう。下手な普通のホテルと比べたって高い部類に入る。
 だが問いたい。じゃあどうするのだ。
 この部屋以外では最低ランクの部屋になってしまう。最近はラブホテルだって綺麗に造られているけど、臨也は本来シティホテルの方が好きだ。衛生面やサービスなども考えるとそれも当然で。
 だからせめて高い部屋で、と思っていた。
 気持ちが焦っていたのもある。妙に落ち着いている静雄と違い、こちらは手汗どころか、ありとあらゆるところに汗が滲んでいるようで、気付いてからとにかくシャワーを浴びたくて仕方がないというのに。
 むっとしたまま、言葉は無視して一番高い部屋のボタンを押した。
「あ!てめえ!」
 臨也の瞬発力は静雄にも劣らない。もともと捕まりさえしなければ怪我を負うことも少ないのだ。
 何か言いかけた静雄を力いっぱい引くと、スウィート部屋がある階へ繋がる方のエレベーターへ押し込んだ。多少なりとも抵抗されたら静雄の力には敵わない。すんなりいったということは、結局この男だって流されているのだ。こんなホテルの入り口で男同士言い争っているのは得策じゃない、と踏んだだけかもしれないが。
 渋い表情で回数表示を目で追う横顔を盗み見れば、後者の可能性が強く感じられて胸に諦めのような複雑な感情が入り混じる。
 臨也は流されてても良かった。むしろ雰囲気に流されてしまえばいい。どうせ戻れないところまできてしまった関係なら最後まで降りたくない。この男と一緒に居て冷静になるなんて、どだい無理な話なのだ。

 狭い個室が上へ移動する間、会話はなかった。
 扉が開き、赤いランプが点滅している部屋へ誘導されるように入ってからも何を言ったらいいかわからない。ただ、やっと上げれた顔が、こちらを見ていた静雄と真正面からぶつかって肩の力が抜ける。
 自分でも知らず緊張していたのだと知り、思わず声に出して笑ってしまった。
「……何笑ってやがんだよ」
「いや、うん……はは」
「笑ってんじゃねーっつーの」
 途端、目が据わった静雄もいつも通り。こうでなくては面白くない。自分たちらしく、ない。
 笑いながら見渡した部屋はかなり広い。
 入ってすぐに大きめのラブソファと対面にこれまた大きなテレビ、ラブホテルらしく電子レンジやケトルなど一通り設置されている。冷蔵庫の中身も手早く確認してみたけど、有料なのは当然だったがそこそこ揃っていた。
 あちこち感嘆の声を上げながら見て回る臨也を、最初こそ苦虫を噛み潰したような顔で眺めていた静雄だが、次第に興味が湧いたのかテーブルに置いてあるサービス表やフードメニューをぱらぱらと捲りだす。
 その横にいくつも並んでいたリモコンのひとつを手に取ると、カラオケのリモコンだとでも思ったのか適当にボタンを押した。すると。
「おお」
「あーすごいねえ!」
 パーテーションで仕切られた奥にキングサイズのベッドが鎮座していて、そこから斜めに見上げる角度から、なんとホームシアターのスクリーンが下りてきた。
 さすがに高いだけある。満足してうんうんと一人頷く臨也は、こういう風にホテル等の設備を確認して騒ぐのが好きだった。もちろんいつも一人で。
「どこ行くんだ」
 何事にもリズムがあるよね、と、目が覚めたように鼻歌でも歌ってしまいそうな気分でバスルームに向かうと、早速火を点けた煙草を咥え後を付いてくる。こちらも剣呑さは影を潜め、軽い足取りだ。
「お風呂入るからお湯溜めないと。汗かいたから気持ち悪いしさ。あ、入浴剤の種類多いなあ!どれにしようかな?シズちゃんはどれがいい?俺はあんまり匂いの強いの好きじゃないんだよね。なんか香料きついと肌に悪そうな感じ。トイレの芳香剤じゃあるまいしさ、やっぱり柔らかいふわっとしたのがいいなあ俺は」
 とりあえず適当に温度を調節して湯を張りながらアメニティをごそごそ探った。最近はこういう細かいところに手をかけて女性客を集めているので、さすがに色々と種類が豊富だ。タオル類まで全て個包装されているのは値段の高さゆえなのだろう。
「サウナも広いねえ!結構綺麗だし檜のいい匂いがする」
 バスルーム自体もかなりの広さだったが、併設されていたサウナも随分と余裕のある空間が広がっていて、テンションが上がりっぱなしだ。
 ──こういうの好きなんだよねえ。あっちにあったマッサージチェアも良さそうだったな。
 臨也がまたしても一人で騒いでいるのを放置して、風呂場まで無駄に広いな、と、キョロキョロと物珍しげに辺りを見渡していた静雄は、楕円形のだだっ広い浴槽の隣にある銀色のマットに目を止めた。
「なんだこれ」
「ローションプレイ用のやつだよ。その上で塗って遊ぶの」
 あまり興味がないものだったので投げやりに使用法を伝える。すると、へえ、と、ほんの少し目を瞠って、ご丁寧に洗面所にまで置いてあった灰皿で煙草を揉み消した静雄に、アメニティを引っかき回していた腕を捉えられた。
「え、ちょっ、何してんの!?」
 そのまま着ていたシャツを捲り上げられ、子供にするように強制的にバンザイの姿勢にされて、するっと取り払われる。しかもそのままポイっと無残にも床に投げ捨てられた。
 抵抗してもその都度がっちり押さえこまれ、あれよこれよという間に素っ裸に剥かれる。少し乱暴なのに迷いのない手つきは素早くて、恥ずかしいと感じる暇さえない。結構面倒な造りをしていたベルトのバックルが千切られ犠牲になったのだけは、あとで復讐してやると心に誓った。
「……俺はお風呂入りたいって……!」
「あー?だから風呂入んだろ」
「ちょ、うあっ……!」
 いつの間にか倒されていたマット。その上に放物線を描いて宙を飛んだ。
「……っつー!何すんのさっ……んむっ」
 厚いマットに救われはしたが、それでも大の男一人が勢いよく降ったら生易しい衝撃ではなく痛みが走る。下になった腕が特に痛くて放り投げられたまま摩って文句を言ってたら煩いとばかりに口を塞がれた。
 キスされてる、と、脳に到達するのは早かったのに他の理解が遅れてしまったのは仕方ないと思う。
 投げられる前にお湯を溜め始めていたので、バスルームの中は湯気が立ち込めてきていた。見えないわけではない。何せ一番確認したい相手は肌が触れているわけで。
 そう、肌が直接触れているのだ。
「んっ……!あ、ふぁ……ん」
 え、いつ脱いだの?投げてから?早すぎない?と、ぐるぐるしてる間にも口の中を舌でかき回されていて息が上がる。
 上がるのは息だけじゃない。暖かい肌が触れているところから熱もじわじわ上がってきて、引く余地もないのに腰を引こうと揺らしてしまったところを唇を離した静雄にまじまじと見られて最後にはカッと頭に血が上った。
「見るなよ!」
「見るだろ。これ」
「ひっ……!」
 空気に晒されて半勃ちになってることくらい気付いていた。でも、まさかそれをいきなり鷲掴みされるとは思わなかった。
「痛っ!シズちゃん痛いってば!」
 開いた両足の間に静雄が割り込んで上に被さっている状態で、下は柔らかいマット。マウントも急所も握られ、押し返そうとしても腕が震えてうまくいかない。
「ああ?ごちゃごちゃうっせーなぁ」
 面倒そうな響きで舌打ちのオマケまで付いたけど幹全体を掴んでいた大きな手のひらは緩められ、今度は敏感なくびれを囲われて親指の腹で先の割れ目にぐりぐりと刺激を与えられた。急な感覚に腰が跳ねる。
 ぷくりと先走りが溢れ、お、出てきたな、と言いながら静雄がそれを伸ばすように馴染ませていくと性器がグンと膨れ硬くなるのがわかって、恥ずかしさで憤死しそうだ。
 なんでこんなに抵抗がないのかわからない。確かに静雄は臨也と「セックスする」と言い切った。
 言ったからには男同士がどうするのか、仕事柄、耳に入って知識はあるのだろう。実際に経験がないのは臨也と同じで間違いないのに、躊躇いもなく同性の身体に触れてくる。
 女を抱いたことは、あるんだと思う。そこまで調べたことはないけど、特に水商売系の女には受けがよくて、本気で入れこまれてるという話は何度か耳にした。
 その時は、シズちゃんの好みってもっと家庭的な感じじゃないかな、と思っただけだったが、その後からなんとなく波江と一緒にキッチンに立つ回数が増えた理由は今は考えたくもない。それこそ恥ずかしさが倍増しだ。
「すっげ、ぐちゃぐちゃいってる」
 お湯を溜めてる水音に紛れて上下にペニスを擦るくちゅりという音はそんなに聞こえなかったのに、興奮した声で実況されては堪ったものじゃない。
 自分の身体がどうなってるかわからない不安。思わず閉じていた目を開ければ、自分の脚がはしたなく大きく開かれている。その間で浮いた腰を片手で支えた静雄が、あと数センチというところまで顔を近づけ臨也の濡れて赤く色づいた性器を弄っていた。
 視界に入った光景は暴力的で、殴られるよりも強い衝撃がくらくらと頭を襲って変な声が止まらない。
「ひ、ひぁあ、やっ!そこ、息がっ……!やあっ!」
 静雄の声も自分の声も耳に入れたくなくて、手で耳を強く塞ぐ。その分感覚は鋭敏になっていって、近過ぎる静雄の口から漏れる吐息が性器にあたって、くすぐったさに身を捩った。
 と、さらに深く身を屈めた静雄があろうことか竿のくびれを舌先でくるりとなぞったのだ。
「あ、やめっ……!ひっ!」
 僅かに口を開けて、裏筋を唇で吸うようにしながら上から下へゆっくりと熱い感触が下りてくる。それに反比例して背筋には腰から上へぞくぞくと快感が上っていって背中をぐぐっと反らしてしまった。
 それが腰を付き出す格好になっているのも、もうどうでも良かった。熱くて、汗でぬめった背中が滑って上手く体を動かせない。
「使う必要ねえくらい濡れてんな……」
 ま、でもせっかくだしな、と、面白そうに静雄が言った声も、力の入らなくなった腕は耳から外れていて聞こえていたのに。
垂らされたヒヤっとしたものも咄嗟に何だか判別はつかないほど、頭は馬鹿になってしまっていたらしい。
「……冷たっ!う、な、なに……?」
「これだろ?さっき塗って遊ぶっつったじゃねーか」
「それ用とは言った、けど、別にしたいって言った訳じゃっ、ないいいっ……!」
 プレイ用にと置いてあるだけあって大きいボトルにたっぷりと入っているローションを、水遊びでもするかのようにドボドボと撒き散らされる。冷たい液体は体温で溶けてすぐに肌に馴染み、とろりと全身に絡んだ。
 だいぶ量が減ったボトルは服同様に投げ捨てられ、カンカンとぶつかりながらバスルームの隅に転がった。反響した音が大きく響いて、いつの間にかお湯が止まっていたことを知る。
「シズちゃん、俺、お風呂入りたいんだ、けどお!」
「手前さっきから風呂風呂うるせーなぁ。あとで入るんだから同じだろ」
「同じじゃないっ……て!ちょっと、顔近付けないでっ!」
 重なった身体は肝心なところが触れ合ってない。
 静雄もタイミングを計っているのか、それとも本能で焦らしているだけなのか、どちらにしろ手で撫でまわされているだけでも距離が近いことには変わりない。
 展開が急だったせいで抵抗らしい抵抗もできなかったが、口を動かしているうちに頭も働きだして、細身の身体のわりに厚い胸板にぐぐっと手を突っ張った。静雄の身体にはローションは付いてないし、少し滑るのは爪を立ててストッパー代わりにする。
 立てられた爪で傷など付かないのに、首をぶんぶん振って顔を逸らせた臨也の態度が気に食わず、眉間に深い皺が刻まれた。唸るように声を絞りだして、静雄にとっては赤子の手を捻るのと同じレベルで弱々しい抵抗を一蹴。
「て、め、え、は、よおおおおっ!」
 往生際わりいぞ!と、ぞんざいに腕を上へ纏め上げられ、耳たぶを舌でぐりぐりと舐めてきた。力の入れようによって柔らかい部分が舌から逃げぷるんと揺れる。
 逃げれば追うのは当たり前。そのまま耳の穴に舌を差し込まれた衝撃で、触れないようにプルプルさせていた内股の力が抜けた。静雄の腰を挟みこんで下半身が密着する。
 静雄の硬い感触が敏感な部分や腹を擦り、また先端から先走りが漏れる。最早ローションなのか自身から出たものなのかわからない。
「ひぁっ……!う、え、シズちゃ……ガチガチ……」
「……わりーかよ」
 悪くない。全然悪くない。自分だけではないのも、臨也だとわかって反応している静雄も悪くない。
 俺のものだと。静雄は言ったのだ。だったら。
 ──この男だって臨也のものだ。

 ただ、臨也には気になることがあるのだ。むしろ耐えられない。だから早く身体を流したい。
「ちょ、ホントにさ、あっ!……やめろって……!」
「ここでやめるとか無理にきまってんだろ」
 性器同士がぬるぬると滑る。静雄が緩く腰を回すものだから、制止しようと脚をさらにぎゅっと狭めたら、逆に下生えが絡むほど肌が吸いついた。
 腰の震えが止まらない。濡れて擦り合わせたペニスも、快感でビクビクと震えていた。こうして性器を合わせていると静雄の大きさまで感じとってしまい、息が弾む。
 わざとらしく先端で先端をつんつんと突かれて、互いの割れ目から粘ついた液が糸を引いた。それがたまらなく卑猥で、見たくもないのに目が離せない。
「手前だってタマまでパンパンじゃねーか」
「う、余計なこと言うなっ……!もう……近いってば!」
「なんだよさっきから。なんか隠してんならさっさと言え」
 あまりにもぐずぐずと釈然としない態度を見せる臨也に、無理と言っていた静雄もさすがに動きを止めた。
 与えられていた刺激が止むと、浅ましくもその箇所がじんじんと疼く。それを堪え、この隙に押さえ込んでる身体の下から抜け出そうと試みるが、新たな刺激に今度はひゅっと息を飲んだ。
「いっ……!いた、や……やだっ!」
 つん、と、主張していた胸の飾りを親指の腹でぐりぐりと潰される。もう片方は厚ぼったい静雄の唇に食べられた。
 音を鳴らしてちゅうちゅう吸われながら合間に問い詰められる。
「逃げんな。このまま言え」
 ねっとりと這う舌に色々な部分で限界がきて、しぶしぶ口を開いた。声にミュートがかかったのは仕方ない。
「俺、……臭くない?」
「あ?もっとでけえ声で言え」
 ぎりっと乳首を摘ままれる。すでに痛みよりも痺れるような快感を拾っていたが、それはそれで耐えられない疼きが身体を支配していくので辛い。
 凶悪な顔で凄まれ、やけくそで怒鳴った。
「……っ!だから!俺はね、飲んでたときから暑かったの!混んでたし、しかもその後歩いてきたし!汗だってダラダラだったわけ!制汗剤とかコートに入れてたしね、もう気になって気になって……」
「いつものノミ蟲臭しかしねえぞ」
「…………っ!!」
 ぷっつんと何かが切れてしまって、怒涛のようにぽんぽんと言葉を吐き出す臨也を遮って、胸に寄せていた唇を脇へとスライドさせた静雄は鼻を押し当て思いっきり臭いを嗅ぎだす。
 あまりのことに絶句してわなわなと震えるしかできない。たとえ念入りに風呂に入った後でさえ、そんな風にされるのは絶対にごめんなのに。
「……デリカシーとか、ないのかよっ……!」
「ああ?デリカシーねえのは手前の方だろ」
 くだらねえことでストップかけやがってよお。
 言うと、ずっと乳首を嬲っていた手が、今度こそ明確な意思を持って下肢に触れてきた。
 さっきよりも後ろへ伸びた指先が尻の窄まりを円を描いてなぞる感触に、何か言い返そうとしても意味の成さない声しか出ない。むず痒くて腹に力を入れると、穴がぱくぱくと静雄の指先を少し飲み込んでしまう。
 じたばた動いていたので全身くまなくローションに包まれていたせいか、そのまま指が一本、つるんと何の抵抗もなく根元まで入ってきた。
「うおっ」
 静雄も驚いたのか、指を引きかけるのを反射で粘膜がきゅっと締め付ける。自分でも知らず勝手に反応して、それを静雄に見られてると思うとますます収縮が激しくなった。
「あ、あ、シズちゃ……なん、なに、ゆびいっ……!」
 喘ぎ声が耳につく。それにも負けない静雄の荒い息が興奮を伝えてきて、どんどん昂っていく。
 いつの間にか指は二本三本と増やされているのにも気付かないほど、スムーズに慣らされた。途中から涙が溢れて何度も「痛いか」と訊かれたけど全てに頭を振って答える。
 痛くはない。それが怖かった。
 体内の異物感は思った以上に丁寧な指づかいが、すぐに快感に変えてくれる。臨也の声と中の反応でわかるのか、過度に前立腺を責め立てられ一度我慢できずに達してしまっていた。
 出した精液を手のひらで受け止めた静雄は、それを臨也のペニスに塗って先端にキスを落とす。そのままじゅる、と、ひと吸いすると、名残りでびくびくと震える先から精液の残滓がぴゅぴゅっと飛び散った。
「や、んんっ!あっ、あっ、あぁっ」
「わり、もう入れてえ……」
 静雄が何度も唾を飲む音。それと粘膜を擦る音で耳から犯される。
「臨也……いざや。入れていいか……?」
 見上げた静雄は頬を上気させ、切なげな表情で。それだけで許せてしまえると思った。でも、やっぱり確かめておきたい。
 セックスの最中ならなんとでも言える。特に男は。
 わかっていても、確実なことなんてなくても、それでも言葉に出せばこの行為の後の結果がどうであれ、それを理由に縛り上げることができる。
「シズちゃん、好き、好き……」
「…………!」
 腕を精一杯伸ばして首に絡ませた。聞こえるか聞こえないか、小さい声で。それでも引き寄せて抱きついたまま耳の中に吹き込んだ声は届いたはず。
「……!?ひゃああっ……!」
 静雄が息を飲む音がして、ぶるっと震えた。
 その瞬間、十分に潤んでいた臨也の穴に勢いよく何かが流れ込んで、さらにぬかるんでいく。
 待ち切れなかったのか自身の先端を臨也のそこに当てていた静雄が、そのまま入り口で達して精液が中に吸いこまれたのだ。
「……くそっ、煽んじゃねえよっ!」
 唸るように吐き捨てた静雄の硬度を保ったままの性器が、精液と一緒に流れるまま、ぐい、と、侵入してくる。大きく張った傘の部分が飲み込まれると、出された精液が静雄の太さに圧迫されて繋がったところから漏れた。
 これでもか、というくらい潤んでいる尻穴に根元まで一気に押し込むと、静雄は中の痙攣を味わうように小刻みに揺さぶって溜息をつく。
 内側でますます大きく膨らんでいく静雄のペニスの形そのままに、臨也の穴が広がっていった。自分の身体が作り変えられることに、恐怖や背徳感が溢れて、それすらも快感のスパイスになる。
「やべえ……すげえうねってんな」
「やぁっ……!だめ、だめ、触んないでっ……!こすっちゃ、やだって、あ、んっ!」
 静雄が抽挿を繰り返すたびに吸いついた肉壁が引きずられていくと、ぞわっとして何度もそれを締め付けてしまう。
 びくびくと跳ねる身体を堪能しながら、静雄の指が反り返った臨也のペニスを激しく擦った。あまりの快感に達しそうになる。
「あー、マジで、長くもたねえかも」
 インターバルは少しだけで、すぐに叩きつけるように腰を振られる。パンパンと肉がぶつかる音と共に、最初に出された精液がかき回されて泡になって結合部から垂れた。
「なあ、中、出していい?」
「え、ぅあっ!あっ!さっき、出したぁ……んんー!の、に」
「つーか出す、から」
 断言し、腹をさらりと撫でる。
 奥にいっぱい出してやる、と、耳に吹き込まれ、耐えきれず軽く達した。その衝撃でぎゅうと狭まった中を静雄がスピードを上げて抉る。
 その間も止まらない精液でダラダラと幹を汚しながら意識を飛ばしかけた臨也に深く口づけると、低く呻いて静雄も中に放出した。
 長い射精を身体の奥で感じる。熱い。
 一滴残らず内壁で擦りながら絞り出して注がれ、出した精液を腰を回して奥に奥にと詰め込まれる。汗で霞んでうまく開けない目で虚ろに見上げれば、意外に真面目ぶった顔の金髪がいて。
 なんとなく安堵した臨也は一旦意識を手放した。



 ようやっと浸かれた浴槽で、ぼーっとしながら背中に感じる温もりに寄りかかる。
 乳白色のお湯は臨也のリクエスト通り柔らかくいい匂い。少し温いが火照った身体には丁度いいくらいだった。
 背後から臨也を抱き込んでいる男は、首筋を唇で辿って吸っている。
「痕、残さないでよ。そこ、見えるから」
「見えねえ服着ればいいだろーが」
 簡単に言ってくれるが、すでに今コートを置いてきてしまった臨也にどうしろというのだ。
 ちゃぷちゃぷと悪戯にお湯で遊びながら考える。

 結局、すぐに意識を取り戻したあとも、静雄の気が済むまで身体は繋がったままだった。
 何度も中に出され、滑りは良かったものの擦られ続けた粘膜はヒリヒリと痛んでお湯がしみる。まだ何か入ってるような感覚も消えない。
 ──これで何か変わったのか?
 変わったといえば変わったのかもしれない。身体を重ねれば情が湧く。そうじゃない人間もいるだろうが、間違いなく静雄はそのタイプだ。今まで関係を持った女だって無碍なことはしていないに違いない。
 それと違い、臨也は最初から静雄だけが特別だった。どうしても自分のものにしたくて、高校時代のあれこれだって臨也の無駄な努力で静雄を構い倒していたようなものなのだ。
 心の中でこじれにこじれたそれが、こういう関係も許容できる感情にまで発展するとは思ってもいなかった。でも、後悔はしないと決めた。
 あの、非常階段で。俺のものだと言われたとき本当は。言わなかったけど本当は。

「腹減った」
 雰囲気を壊す、全く色気のない台詞に思考が遮られ現実に戻る。
 そういえば静雄は今日、開店前からあの店に入っていたと言っていた。ヘルプといっても池袋では目立ちすぎる容姿だ。大方、カウンター内ではなく、裏でドリンクを作ったりしていたのだろう。
 これでも怒らせなければ仕事ぶりは真面目だし、手先も器用なので案外上手く立ち回ることができるのだ。
「俺もお腹すいたな……フードサービス24時間やってたと思うから何か頼もうか」
 頷いた静雄が立ち上がる素振りを見せたので、浴槽の縁に手を付いて身体を起こそうとするけど無謀だった。腰も足もガクガクと力が入らない。
 入る時も静雄に担がれながらの入浴だったので、当たり前と言えば当たり前だ。
「ちゃんと掴まっとけ」
 もたついていたら、入る時と同じに持ち上げられた。お姫様抱っこだけは全力で拒否したので、小さな子供を抱き上げる姿勢で片腕に座らせられると肩口にしっかり手を置き掴まる。
 目線が静雄より高くなり、ホテルに来る前、階段で同じ視点で考えたことを思い出した。
「シズちゃん」
「なんだ。……おい、もっとしっかり手え回せ。落ちても知らねえぞ」
 根元がほんのちょっとだけ黒い金髪の旋毛を眺めながら、もぞもぞとその頭を抱え込んだ。濡れた髪に顔を埋め、ぽそっと呟く。
「いいの?」
 臨也は後悔しない。しかし、静雄はわからない。
 二人をよく知らない周囲の人間の評価はトントンかもしれないが、静雄が常人となんら変わらない感性で生きていけるのだということは臨也が一番よく知っている。
 それを捻じ曲げてきた臨也だから知っている。
 難しいのは臨也の方だ。周囲に溶け込んだふりをしながら溶け込めない自分をよく理解し、冷めた目で客観視して生きている。
 熱くなるのは静雄のことだけ。いつだって感情を揺さぶるのは目の前の男だけなのだ。
「手前はよぉ……余計なこと考えすぎなんだよ」
 ガンっと。目の前に火花が散った。
 この額の痛みには覚えが、というか数時間前に経験したばかりだ。
「っつー……!デコピン、は、やめてくれないかなあ!?いいかげん俺のおでこ陥没しちゃいそうなんだけど!」
「耳元で喚くな。いいか。逃げようったってもう無理だからな」
「は?」
 怒ったように、ひたすら顰められた顔は真っ直ぐに臨也を見ていた。
 その薄茶色の瞳の中には自分だけが、臨也しか映っていなくて。
「俺のもんだっつったろ」
 ああ、これはもう無理だ。捕まった。
 出会ったときから静雄だけが他と違っていた。欲しかったのだと、今ならそう思える。
 
 答えの代わりに笑みを浮かべ、間近で拗ねて唇を尖らせた静雄にキスを落とす臨也は、頭の中で縺れた糸が解けていくのを感じる。こじれ、こじれて絡まった糸。それは長くて解くのも時間がかかりそうだけど。
 とりあえず、次に静雄の仕事が休みのときには波江と研究した手料理でも振舞ってあげようと考えながら、今はホテルの味気ない食事も我慢する覚悟を決めた。



←back