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地球に帰ってきたあとの瞬木と天馬の話です。
瞬木がモブ生徒と話したり、お母さんが出てきたりします。家族、過去についての捏造多め。
本文28ページ、コピー、200円
2015年2月8日 大阪青春カップ15にて



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建物の外に出た瞬間肌寒さを覚えて思わず肩を抱いた。 

吐いた息はまだ色を見せないが、白く曇るのもそう遠い日じゃないかもしれない。昼間や建物の中じゃ何とも思わなかったが、日が落ちてからジャージだけで行動するには少しばかり気温が低い。オレが初めてこの青と白でデザインされたチームジャージに袖を通した時は長袖ではまだじわりと暑い夏の終わりだったのに早いもんだ。まぁ、密度の高い時間を過ごしたわりにはそう月日が経って無い気もするけど。 

 

何せこのジャージを揃って着るオレ達アースイレブンは地球や宇宙を守ったんだから。 




地球に戻ってからと言うもの、オレ達イナズマジャパン……アースイレブンって呼んだ方がいいか? まあどっちでもいいけど、とにかくオレ達は偉業を成し遂げたということで日本中の注目の的になっていた。どういうカラクリかオレ達の功績はサッカーの世界大会で優勝したということになってるけど。 

「あくまでそれは表向きの話で、実際は宇宙まで繰り出し宇宙人とサッカーをして優勝し、おまけにブラックホールを跳ね飛ばしたりしてたんですよ」 

なんて本当の話をしたところで、信じるヤツははいないだろう。それに、知らない方が良いことなんてこの世にはたくさんある。こっちが分かってほしいヤツにだけ分かってもらえてればそれで良い。 

地球に(表向きでは日本に)戻って家に帰れるかと思っていたが甘かった。今注目度ナンバーワンのイナズマジャパンが取材や表彰で引っ張りダコにならない訳がない。休養と、宇宙に慣れきった体を地球に適応させる目的も兼ねて、少しの間お台場に滞在させられていた。とはいえメンバー全員が義務教育を受けている身だし、拘束期間は長く見積もって二週間というところらしい。面倒だけど仕方ない。 

人気者にはやっかみや批判、黒い噂にスキャンダルがつきものだが、何の気まぐれか世の中のヤツらは小さな英雄をどこまでも善人に仕立てあげたいみたいで、年齢に見合わない功績を賞賛されることはあっても、悪意をぶつけられることはほとんどなかった。黒い噂が絶えなかった黒岩監督が失踪したことで、悪意やあけすけな興味がそっちに向かっているのも良かったらしい。 

面白いことにオレの窃盗を冤罪だと立証する人間まで現れた始末だ。確かに実際冤罪な訳だけど、あまりの掌返しにさすがに笑ってしまった。都合の良いことに瞬や雄太の罪もうやむやになってるし、本当に人間は身勝手な生き物だ。 

とりあえず、誰もオレの言うことを信じないなんてことはもうなさそうだった。 


中略


いつの間にか日が落ちていた。昨日よりいっそう冷え込んでいて、冬は着実にこちらへ歩を進めていることを知る。履き潰したスニーカーをひっかけ、いそいそと合宿場を出た。逃げると言っても良かったかもしれない。宇宙の果てに捨ててきたはずの不安がオレの体を蝕んでいく。 

走ることは、オレにとってなんだ。そんなこと考えたこともなかった。他のヤツは答えられたのだろうか。少なくとも、同じようなことを聞かれていた剣城が答えに淀んでいたことはなかった。キャプテンだってきっと、自信をもって彼なりの答えを出すだろう。 

オレは、オレにとって、走ることは。ぐらりと頭が揺れる。 

──あ、倒れる。 

「瞬木!」 

ふらついた肩を、強い力で掴まれた。 

実際はただ手を捕まれていただけなのだけれど、迷子の子どもが親をみつけたかのような安心感が胸に満ちる。今日のキャプテンは前からではなく後ろから駆けてきた様だった。 

「大丈夫? 調子悪いのか? 昼間、様子が変だったって剣城から聞いたけど」 

顔を見られたくなくて、キャプテンの胸板をそっと押し返した。 

「あ、いや……平気だ。アンタこそ、またランニングか?」 

「違うよ、瞬木の背中が見えたから今日は一緒に走れるかなって追いかけてきたんだけど、今日は早く帰った方がいいみたいだね。駅まで一緒に行くよ」 

「走る……」 

頭の中に言葉が蘇る。何のために、走る?走る意味? こいつはどうして走ろうと誘ってくるんだろう。オレが速いから? オレの走りって何だ? 

名前を呼び掛けてくる天馬の声が遥か遠くに聞こえた。握り返した指先が震えて、上手く掴めない。がらがらと崩れる音がする。 

「瞬木?」 

「キャプテン、オレは」 

足の裏の固い感触がなくなったのをはっきりと感じた。 

──あ、落ちる。 

階段から足を踏み外した時のように、焦っているはずなのに妙に客観的に事態を把握している自分がいる。異常事態をぼんやりとどこから見ているもう一人の自分だ。足元を支える地盤がなくなって、そのまま重力に引きずられていく。落ちる瞬間の、不思議な浮遊感。 

──地盤沈下……じゃ、ないよな。その割りにはいやに静かだ 

このまま落ちてどこかに叩きつけられるかもしれない。覚悟して目を瞑ったが衝撃は下にも上にも真っ正面にも背後にも、どこからも襲ってこない。浮遊感は相変わらず残ったままで気持ち悪い。 

「瞬木? 瞬木!」 

キャプテンの焦った声が聞こえる。恐る恐る目を開いてみた。 

「おい何だよ、そんな人が浮いたみたいな声だして……」 

下を見るが、特に足元が崩れたりしていなかった。そうそう地面が崩れてもらっては困るからそれはいいのだが、それではさっきのことは何だったのか。 

「いや、瞬木、みたいなじゃ、なくて」 

そこではたと気づく。地面に足がついていない。

比喩じゃなく、物理的に、だ。ぶらぶら宙をさまよっている。 

どうりで、と冷静な自分がぶんぶん首を降っている。納得してる場合か、といもしないヤツに突っ込まずにはいられない。だってオレ、瞬木隼人は、浮いていた。ふわふわ、地に足をつけず。 

こんなの、現実逃避せずにいられないだろ? 


中略



「あら、じゃぁ明日走ってくるの?」 

物音を立てないように押し入れの中のスパイクを探していたが、狭い家では限界がある。目敏く母さんに見つけられ、ことの詳細を(不穏な部分は省いて)白状する羽目になってしまった。 

母さんはオレが陸上をやめた原因を知っている。やめると言ったときはごめんなさいと泣きそうな声で謝られて、どうしたら良いか分からなかったし、母さんのせいじゃないよと言うことがオレにはできなかった。 

「そっか。良かったわね」 

その声がひどく優しくて、見透かされたような気持ちになる。居心地の悪さから逃れるように奥から出てきたスパイクの埃をはらって、丁寧に袋に入れた。スパイクは中学に上がるとき、母が奮発して買ってくれたものだ。といっても、ノーブランドで、セールで二束三文で売られていたお世辞にも上等とは言えないものだったけれど、オレと一緒に何度も何度も血を滲む努力をして、共に風を感じた相棒だった。陸上を辞めてすぐ未練と一緒に仕舞い込んで、もう久しく見ていなかったが。 

袋を撫でて自然と出た息が溜め息なのか安堵なのか、オレにも分からなかった。 

「思いきり走ってきなさいね。隼人は走るの好きでしょう」 

「そう見える?」 

「違うの? あなた、今の瞬より小さい頃から暇さえあれば走り回ってたから好きなんだと思ってたわ」 

鈍い人だとばかり思ってきたけど、そうでもないんだろうか。 

ほら、と手を差し出される。昔は頼りなく感じた掌が、今は少し大きく見えた。意図が分からず母の顔をただ呆然と見返す。 

「なに?」 

「スパイク、随分使ってないでしょう。磨いておいてあげるから貸してみて?」 

「はぁ? 良いよ、そんなの!」 

照れ臭さに吐き捨てるが、母さんは分かっているとばかりにオレの手から袋をとって、お風呂に入ってきなさいと背中を押した。 

「早くしないと母さんが入るときには冷めちゃう。追い焚きもったいないでしょう、ねえ?」 

母さんの視線を追えば、すこし開けられた障子のすきまからこっち窺う弟たちがいた。二人で風呂に入っていたが、いつのまにか上がって、そのまま部屋に入るタイミングを伺っていたのだろう。悪いことをしてしまった。 

「入って大丈夫よ、いらっしゃい」 

「ほら、来いよ」 

母さんにならって手を広げる。 

「瞬、行こう。って、うわぁ!」 

おずおずと入ってきた雄太を抱き締めて捕まえた。小さな肩にかかっているタオルで丁寧に頭を吹いてやる。水を含んで重くなった髪から、清潔な湯と微かなシャンプーの香りがする。家庭のにおいだ。雄太はくすぐったそうに身を捩るが、嫌がってはなさそうだ。今までずっとかわいがっていたし、面倒を見てきたけど、こんな風にじゃれあうのはいつぶりだろうか。 



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