表裏一体、中間色。











「あ〜寒い寒い。」
「離れろ、俺は暑い。」


真夏の、クーラーなんてそんな高価なものは存在しないこの部屋で、ひたすらにべたべたとくっついてくる風介をはがしにかかる。
後ろから抱きすくめられるように捕獲されているので、肘を使って風介の体を押すが、びくともしない。
寧ろどんどんと密着するかのように体を近づけてきて、本当に勘弁してほしい。
風介と俺の体の間の温度はきっと、外の温度なんて軽く10度は越えているんじゃないかって思うし、それをこの額にとめどなく流れる汗がしっかりと物語っていた。


「いい加減離れろ。」
「だって寒い。」
「嘘つけ、お前の額の汗尋常じゃねーぞ。」


肩に置かれた風介の顎から、滴り落ちる汗が、俺の肩を伝ってTシャツの袖を濡らす。
そんなにだくだく汗を掻いているにもかかわらず、何故か一向に離れようとはしない。
ため息をつきつつもう一度押し返そうと力を入れるが、暑さに途中で断念してしまった。
風介はというと、何故か上機嫌に鼻歌を歌っている。
汗を大量に流しながら。
不気味な光景である。
まあ別に、死にはしないけれど、暑いし、不快だし、正直この絵面は傍から見るとむさくるしい。
小さい弟分や妹分にみられたら、一体どう弁明すればいいのかすらわかりません。
勘弁してほしい、まじで。


「暑いんだけど。」
「晴矢は、だろ。我儘だな、君は。」


いやいやそれはおまえだろ!というツッコミすらもやる気が失せる。
それほどまでに暑いのだ。
暑いのは嫌いじゃなくて、夏なんて寧ろ好きすぎる部類に入るけれど、こうもべたべたとひっつかれるとどうも力も抜けるわけで。
どうでもよくなるわけで。
この状況を打破したくてたまらないのに、それほどまでに蒸し暑くてたまらないのに、どうしても気力と体力が足りない。
最後の最後だと、自分に言い聞かせて気合を入れる深呼吸をする。
今までで一番力を込めて、よし、どつく!さあどつく!ふっとべ!と風介に思い切り肘鉄を食らわそうとした。
が、風介が急に口を開くので、それは停止されてしまう。


「君は炎だろう。」
「…だったら、なんだ。」


やり場のなくなった振り上げた肘をだらりと所在無げに床に放り投げると、ぎゅ、と腹に回された腕に力が込められた。
どんどんと上がって行く体温は、先程の感覚とどうやら少しだけ違うようで。
認識したくない熱が頬にまで達して、どうしていいかわからなくなる。
ふと風介の顔をみるとその長い睫毛が目に入って、どきりとしてしまって、どうにも自分のその女々しい部分に嫌気がさした。
そんな羞恥も相まって、硬くなる体をもう一度、ぎゅ、と抱きしめ直され、なんだかもうよくわからない。


「私は氷だから。」
「…へえ。」
「丁度いいに決まってる。」


一緒にいるのが当たり前。
それは幼いころからそうだった。
丁度いい、とは確かにその通りで。
喧嘩だってするけれど、居心地がよくてずっと一緒で。
産まれや、育ちは違うが、なんだかんだでいつも一緒。
それは本当に空気のようで、相反する俺たちが一緒にいられるのは、本当に自然なことで。
頭ではそう、理解した。


「いや、でもそれとこれとは別だろ。」


暑いし。
普通に暑いし。
丁度いいとか言われても暑いし。
全然丁度良くないし。
認めることが少しだけ悔しいというか恥ずかしいというかまあ普段一緒にいることに関しては目をつぶろう。
だが、暑いし。
この状況と関係ねーし。


「いやでも…」
「でももだってもあるか。私は晴矢から一ミリも離れたくないんだ。」
「いやお前、それ、わがま…」


そこまで言いかけて、腹に回っていた手が俺の顎に触れる。
無理に角度を変えられてそのまま、唇が触れる。
体が触れ合った体温より、その一点のほうが妙に熱くて。
でも不快なそれではなく、脳が揺れる。
ふるりふるりと揺れる脳は、風介が口付ける度に、反応する。
びしびしと伝わる、風介が、やはり丁度いいのだ。
無茶な角度は触れる程度の口付けで、あまり満足のいくものではないけれど、すっと離れるときに見た風介の睫毛はやはりとても長かった。


「私は我儘だろうか。」


そう、聞いてきた。
口を離した後に。
本当ならば首を縦に、降るべきだろうが、何故か俺は横に、振ってしまっていた。


「いや、なんかもういいわ。」
「そうか。なら離れんぞ。」
「…熱中症になる前には離れてくれ。」


諦めて風介に全体重をかけた。
ふんわりとした感覚に、なんとも安心する自分がいる。
まあ、暑いけど、いいか。
いや、よくねえけど。





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