※大学生基緑

日常風景に、忍び込む。











どんどん物が、ひとつからふたつに増えていくのは非常に喜ばしいことだと知った。
歯ブラシだとか、コップだとか、お皿だとか、日用雑貨や生活用品、全てがふたつ並んでそこにはある。
以前は俺のものだけぽつんと置いてあったけれど、並んでそこにあるそれは、酷く落ち着きと温もりを生み出すものなんだなあ、と実感する。
朝起きて、横に緑川がいて。
それが当たり前になるなんて夢にも思わなかった。
俺と同じ県の大学を受けると聞かされたのは、受かってからだったし、まさか緑川が俺と一緒に暮らしたいというとは思わなかったし。
俺の部屋は少し広くて、一部屋荷物置き場と化していた部屋もあったから、ちょうどよかったのだけれど。
使わないよりかは、誰かが使うほうがいい。
そんなこんなで緑川と暮らしだして、1か月が経過した。
生活は順調で、ゆるゆると過ごす毎日がどうにも幸せだ。


「ヒロト、醤油ない、買ってきてくれない?」


と晩御飯の準備をしている緑川に言われ、「うん、いいよ」と返事をする。
財布をジーンズのポケットに乱暴に突っ込んで、上着を取って、外に出る。
もちろん「いってきます」と声をかけて。
以前はそんなもの、言わなかったけれど、たったそれだけのことで気持ちが上に浮上するのは本当に不思議だな、と思うと自然と頬が緩んでしまう。
「はーい!」と奥から声が聞こえて、音を立てながらカンカンと階段を降りていく。


「ヒロト、待って!」


降りきってから、緑川の声に振り向くと、緑川が玄関から出てくるところだった。


「どうしたんだい。」
「俺もやっぱり一緒に行く!」


そう言ってちょっとまって、と中に引っ込む緑川に苦笑しながら手持無沙汰だった手をポケットに突っ込む。
ああ、そういえば戸締り、緑川したかな?と思ってまた階段を登って行くと、玄関から丁度いいタイミングで緑川が出てきた。


「戸締り…」
「した!戸締りした!いい加減俺を信用してよ。」


と言い終わる前に予想されてそう返されてしまった。
少しだけふくれっ面な緑川の頭に手を置いて、ぽんぽんと叩きながらごめんごめんと呟くと、「またそうやって子ども扱いする」とさらに怒られてしまった。
ほらいくよ、と手を引かれて、また階段を音を立てて降りる。
カンカンという乾いた音が、二つになって、それすらも嬉しくて。
なんだか俺はおかしくなったんじゃないだろうか?と思うほど些細なことがすごく嬉しいのだった。


「どこのスーパー行く?」
「今日は、2丁目のとこ安いってチラシ、入ってたよ。」
「え〜結構遠いくない?」
「俺は緑川と歩くなら、長いほうがいいな。」


いっぱい話、出来るしね。と続けると緑川に鳩尾をグーパンされてしまった。
照れるにしても、昔より、照れ方が激しくなった気がする。
まあでもそこも含めて、俺だって昔より、緑川のことは好きだけれど。
短くなってポニーテールじゃなくなった髪も、大きくなって俺と同じくらいになった背も、低くなった声も。
全部全部、愛おしくてたまらないという気持ちは、昔以上なのだ。


「まあ、鍋も火は止めてあるし…いっか。」


とそう呟く緑川が愛しすぎて、後ろからぎゅと抱きすくめると今度は殴られることはなく、その代わりかがっつりと固まってしまった。
そしてそろそろと俺の腕に手を持って行って、ぎゅ、と長袖の上着のそでを掴むと、こちらを向く。


「…ちょ、人が見るから、」「そう言って払わないのはどこのどいつだよ。」
「う…それは…」
「嬉しい癖に。」


とちょっと意地悪をしてやると今度は盛大に払われてしまった。
意地悪しなければもしかしたらもう少し長い時間密着してられたかもしれないな、と少し惜しい気もした。
いい加減にしろ!と言いながら緑川はスタスタと歩いて行ってしまったけれど、緑川、道、逆、逆!
慌てて追いかけて肩を掴むと顔を赤くしたまま少しだけ怒った表情をした緑川が振り向いた。
その目線上に肩を掴んでいない手を持って行って、ぐい、と逆方向を指さしてやる。


「スーパー、逆だよ。」


そう冷静に、優しく教えてやると、今度は別の意味で顔を赤くして、わたわたと慌てだした。
大きくなっても、ころころと表情が次々に変わる緑川に、とても嬉しくなる。
変わったものと、変わらないもの。
どっちも、愛おしくてたまらない。
幸せってよくわからないけれど、こういうののことを言うんだろうな、と思う。


「わ、わ、わ、わわざとだよ!わざと!」
「へえ、そうなの?」
「そう、そうだよ!わざとわざと。」


自分でそう言い聞かせながら、うんうん、と何度も頷いて、俺が指をさしたほうに歩きだした。
ごめんね、緑川。
と心の中で思いながら、息を少しだけ吸って、言う。


「嘘教えた、ほんとは、こっち。」


ばっと勢いよく振り向いた緑川に、俺が出来うる限りの綺麗な笑顔を作って見せる。
あわあわとする緑川に、本当の道の方角を指差してやると、「ばか!」と一言だけ、言われてしまった。
それは暴言に違いないのに、その言葉すらも、俺は嬉しい。
やっぱり俺はおかしいんじゃないんだろうか。
幸せすぎて。





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