コミュニケーションダイブ










放課後の教室に一冊のノートが落ちていた。
それは何の変哲もない只の大学ノート。
表紙にはただ一言、「数学」と書かれていて、名前は記入されていなかった。
数学のノート?と不思議に思いながら誰か落として困っているかもしれない、と思い持ち主を特定するために中をぱらり、とめくる。
ただぱらりぱらりとめくっているうちに何か違和感を感じる。


(数学の、ノート…じゃない?)


約二名によって交互に綴られているそれは、僕の記憶違いでなければ小学生女子の間で異様に流行る、交換日記…というやつじゃないだろうか。
しかし小学生女子の交換日記なんてこのFクラスに落ちているわけなく、その無骨な字は、確実に男のものだった。
片方が女の子のような丸文字ならまだしも、両方ともそれはおぞましいほどに男のものだとわかる。


(あれ?この字って…)


非常に見覚えのある字に、記憶をたどる。
つい最近、見たような気がするその字。
誰だっけ、誰だっけ、と思案して、ある1人の人物の顔を思い浮かべてしまう。
正直なところ、信じがたいというか信じたくない、と言ったほうが正しい。


(ムッツリーニ…!?)


そう思ってつらつらと綴られた文面を目で追う。
交換日記というよりは活動報告書と化したそれに、間違いなくムッツリーニのそれと知る。
相手は誰なのだろう…?と妙に気になって、開けてはいけないパンドラの箱を開けたような気分になる。
どんどんと目で追っていくと、その人物は意外や意外、Bクラス代表のあの根本くんだった。
何時の間にこんなもののやりとりをするほど仲良くなったのだろうか…悪いと思いつつどんどん読み進めていく。
ムッツリーニのページは主に、『眠い』だのやっぱり活動報告だったり、どうにもお固く、交換日記というものに慣れてない感が見え見えである。
根本くんはというとおもに自分のことを書いているだけで読んでほうにとってはなんの面白味もない。
とんだナルシスト…だと思う。
僕がもし根本くんと交換日記なんてはじめたら3日で投げ出しているだろう。
ただ疑問に思うのは、この二人がなぜ、交換日記に興じているのかというところだった。
交換日記なんて高校生でしかも男同士でなんて普通しない。
なんだか嫌な予感がして、ぱらぱらとページをめくると、案の定


「でー…と?」


どうやら二人でデートをしたらしき記述が見て取れた。
デートっていうことは、えっとその、あの。
流石に鈍い僕でも、わかる。
男同士だけど、二人は恋人同士で。
まあ正直それは理解できるけど、交換日記に至る経緯はよく理解できない。
ぱたんとひとしきり結局読み切ってしまった数学ノート―もとい交換日記を閉じる。
これをどうすべきか、ムッツリーニに直接返すべきか悩みに悩んでいると、がらり、と教室の扉が開かれた。


「ムッツリーニ!」
「………明久。」


その人物はまごうことなき僕の友人、ムッツリーニその人だった。
このノートの持ち主のひとり。
僕が手に持っていたノートを見つけると慌てて走ってくる。
そのまま勢いよく僕の手からノートを奪い取るムッツリーニ。
普段驚くほど冷静な彼からは、どうしても想像しづらい行動だった。
まあ確かにこのノートを読まれてしまっては、このノートが数学のノートと偽装した交換日記であること、その相手がBクラス代表の根本くんであること、そしてその根本くんと付き合っていることが一気にばれてしまうのだから、仕方のないことと言えば仕方のないことなのだけれど。


「………読んだ?」


顔面蒼白、といった具合で、取り上げたノートがぐちゃぐちゃになりそうなほど力強く握ったムッツリーニがそう、聞いてきた。
友人としてはどうすべきか実に悩んだが、とりあえず首を横に振っておく。
実際は全部に目を通してしまったわけだけれど、ここは少しでも希望を持たせてやりたいという気遣いである。
僕が首を振った後、ムッツリーニは酷く安心した様子だった。
そのノートの背表紙を手のひらで撫で、それは安堵したように少しだけ、息を吐いた。
その時の表情は妙に、愛おしいものを愛でるような、そんな感じだった。


「いや、名前書いてなかったから誰のかと思って。ムッツリーニのなら書いときなよ?」
「………すまない、忘れていた。」


僕が話しかけるといつものような表情に戻って、機材でぱんぱんになった鞄に丁寧にそのノートをしまった。
今日はムッツリーニの番…なのだろうか?
そんなことを考えながら眺める。
あのノートは、内容は酷くそっけないものだったけれど、ずっと続いているということは、きっと、ムッツリーニにとって酷く大事なコミュニケーションのひとつなのだろう。
口下手な友人の、その周囲からは好奇の目で見られるに違いない恋を、僕はひそかに応援するべきなのだろうか。
根本くんに関してだって、くだらないことはしなさそうな人なのに、ずっと続けているということは、それほどムッツリーニのことが好きなのだろうか。


「………じゃあ、明久、また明日。」
「え、ああ!うん、また明日。」


そう言って僕に背中を向けて教室から出ていくムッツリーニをまた眺める。
どうにもその同年代の男子より幾分小さな背中に、胸が、ずきりとした。
おかしいなあ、と思いつつ、ただ気付いてはいけない何か、嫉妬と、渦巻く根本くんへの羨望に気付かない程、僕は鈍くはなかったのだ。






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山田様からの根康←明久で二人の交換日記を隅々まで読んでしまう明久でした!
フリリク企画にご参加ありがとうございました!




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