デートの定義










偶然というものは唐突に訪れるもので、FFI世界大会から数日、たまたま目の前に見覚えのある赤い頭と緑色の尻尾を発見した。
驚かせてやろうと、一緒にいた源田に黙ってろと無言で合図し、源田が頷いたのを確認して背後にそろりそろりと忍び寄る。
そして持っていたペットボトルを緑川の項目掛けて押しあてた。


「ひぁっ!?」
「あ、佐久間くん、久しぶり。」


なんともおもしろい期待通りの反応と、すごく薄い反応を頂戴する。
基山は冷静すぎてつまらん。
それに本当にまだ帰国してから1週間とたっていないのに、久しぶりもくそもあるか。
緑川は手に持っていたストローの刺さった紙コップのジュースを取り落としそうになっていた。
なにするんだよ!と心底驚いている緑川に、そんなに話したことない奴に、少々申し訳ないことをした気もしなくもない。


「あ、源田くんだったけ。君も久しぶりだね。ネオジャパン戦以来かな?」
「ああ、そうだな。久しぶり。」


凄く冷静な二人はこれまた自然に挨拶を交わしている。
そういえば俺と基山は結構面識あるけど、源田はこの二人とあまり面識ないよな。
俺も緑川とは選考試合の時以来だ。
緑川は落ち着こうと手元のジュースを啜っている。


「ところでお前ら何してんの?」


まあ買い物というところが妥当だろう。
とういか買い物以外にこの界隈に来るやつなんていないと思うけれど。
こっちもこっちで普通に休日を利用した買い物に源田を付き合わせているのだが。
そう聞いた俺に、にこりと綺麗にほほ笑んで基山が口を開く。


「デート、かな?」
「ぶはぁっ!!!」


基山の一言に緑川がジュースを吹き出した。
ね、緑川と緑川の顔を覗き込む基山。
緑川はわなわなと表情をころころと変えている。
なんだかテレビで漫才を見ているような気分になる。
面白いなあ、となんだか他人事で眺めていると噎せた緑川が今度は顔を真っ赤にしている。


「でででデートって…っ!!?」
「あれ?違うの?俺はそのつもりだったんだけど…」
「いやあの、えっと違わなくはないけど…ここで言わなくても…」


とどんどん尻窄みになって行くその声は抗議にしては全く威力を持たない。
寧ろこれ、俺と源田、目の前でいちゃつかれてるんじゃね?と思って源田のほうを見るが、源田は只楽しそうににこにこと二人を眺めていた。
や、確かに面白いけど。
というか源田の目は確実に、保護者のそれである。
ただでも、見せつけられるだけでは正直なところ面白くはないのは確かで。
俺も源田と付き合っているわけだし、なんというか、まあ、普段は隠しているけれど知っている奴らの前ではそりゃもう、見せつけたいわけで。
源田という彼氏の存在は俺にとって大きな自慢なわけだし。
そう思って一息ついてから源田の腕をがっと掴み取る。
掴み取るというか腕を組むというか。
男女のカップルがまさにいちゃこらとしているような体制をとってみる。
そして普段は絶対言ってやらないが、今日だけはなんだか腹正しいので、特別。


「奇遇だな、俺たちもデートだ。」


言った後で微妙に後悔しつつ。
横で源田がえ?だのなんだか聞き返してくるが無視無視。
違うのか?という意味を込めて睨みつけてやると、源田が嬉しそうに笑うのでなんだか調子が狂う。
お前は犬か。


「へえ、そうなんだ。」

そうにこやかに言う基山の横で何故か緑川はうろたえている。
いや、お前だってデートだろうが。
人のデートに鉢合わせただけで照れるなよ、と思う。
だがそんなうぶなところが可愛いとか思ってるんだろうな、と目の前の赤毛を見て思う。
恋は盲目、というが、まあ確かに、俺も源田がこんな風にうぶでも可愛い、と思うかもしれない。


「じゃあ邪魔しちゃだめだね、行こうか、緑川。」
「…へ?ああ、うん、いこっ!じゃ、また。」


そう言って二人は踵を返して歩いて行く。
ふわふわと楽しそうに揺れる緑川のポニーテールが、やはり犬のそれに見える。
姿が見えなくなるまでよく観察しているとさりげなく基山が緑川の指に自分の指を絡めているのが見えた。
人目なんて気にしない基山が少々羨ましいと思う。
やはり恋人同士なのだから、人前で手を繋いで、見せつけたい、と思うのだ。
絡めていた腕を外して、源田のほうをみると源田もこちらを見ていた。


「んだよ。」
「佐久間、今日ってデートなのか?」


何か言いたいことがあるのでは、と思い聞けばそうくそまじめに返される。
ああ、確かさっきそんなことを言ってしまったなと思う。
というか付き合っているのにもしかすると源田はそう認識していなかったのだろうか。
そう考えると少々寂しい気もする。
肯定の意味で頷いてやると源田が嬉しそうな顔をするので、ああ、もしかすると源田はデートだと思っていたけど、俺の態度で俺がこれをデートと認識していないのではない

かと危惧していたのではないか、と思い直した。
だとすると申し訳ないことをしたと思うが、俺は正直そんな素直な部類ではないのだ。
納得したのか、安心したのか、嬉しそうな顔のままで源田が言う。


「じゃあ、行くか。」
「…だな。」


そう返事すると同時に、源田が歩きだすのでそれに従う。
その時に、先程のあいつらみたいに指を絡め取られてしまう。
突然のことに源田のほうを見るとそれは酷く、優しく微笑まれて、どうしようもできなくなる。
さっきは憧れたこの行為だが、いざ実際そうやられると、どうにも参ってしまう。
見せつけてやりたいと思っていた心は、羞恥心に覆い隠されてしまう。
幸福感と隣り合わせの羞恥心は聊か、俺にはまだ早い。






* * *

悠陽様から、基緑と源佐久がデート中に遭遇でした!
リクエストありがとうございました。




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