重労働 源田が、怒っている。 それはもう静かに静かに、ねちねちと。 俺が無茶な練習をしていて、それを止めた源田を突っぱねて、それで「もう勝手にしろ!」と怒ってしまった。 俺のためを思って注意してくれたのはそれは有難いことだが、俺は少しでも帝国学園のサッカー部の力になりたくて、もっと強くなりたかっただけなのに。 鬼道さんもいなくなった今、もっともっと力を付けなければ、と思っていた。 でも、確かに俺が無茶な練習を続けて、真帝国のときの二の舞になってはいけない。 そう危惧したのかもしれなかった。 二人きりの部室には嫌な空気が流れている。 ずるりと汗ばんだユニフォームが、いつも以上に不快だ。 どんよりとした空気の中、黙々と隣で源田が着替えている。 謝らなければ、と思うのだが、どうにも言葉が出てこない。 「……」 「……」 沈黙が苦しい。 耳に聞こえる音といえば、着替える時に生じる衣擦れの音と、ロッカーの乾いた音のみで。 あとは微かに聞こえる呼吸音くらいで、どうにも厳しいこの状況。 いつもなら源田と他愛ない話をしているわけだけれど、一言も発しない源田からはまだ怒りのオーラが見え隠れしている。 普段温厚な人が怒ったら怖い、という話は本当のようだった。 「げ、んだ…」 ぼそり、と名を呼んでみた。 源田からは何の反応もない。 黙々と着替えに没頭している。 謝らなければ、という気持ちと、無視すんなという苛立ちが交差する。 お前は、女子か!と怒り狂いたい気持ちを抑えつつ、もう一度呼ぼうとする。 今回は、俺が全面的に悪いのだ。 喧嘩をしたいのではなくて、謝りたい。 ただそれだけなのだった。 「源田、」 今度ははっきりと、途切れ途切れにならないようにその三文字を紡いだ。 無駄に唇が乾いていて、自分が妙に焦燥していることがわかった。 すると源田から、短く「何」という返答が返ってくる。 「え…あの、」 まさか返ってくるとは思わなくて、どもりにどもった。 謝る、謝りたい、という気持ちはあるのに、どうしても素直になることができない。 焦る気持ちは素直になれない部分に拍車をかける。 どうしたらいい、どうしたらいいと頭の中でぐるぐると、駆け巡るそれは、普段あまり感じない後悔。 俺は源田に、迷惑をかけたのだ。 自分勝手な意地の所為で。 「…話、ないならもういいか。」 シャワー浴びてくる。 そう続けて上半身の衣服を脱いでいた源田が部室から出て行こうとする。 焦りはピークに達していた。 ここを逃せば、謝るタイミングを逃してしまいそうで。 「げん、」 そこまで言いかけて、手を伸ばせばもう既に届く距離ではない。 もう既に部室の扉に手をかけていた源田が目に入る。 喉元まで出ていた源田の名を、最後まで口にすることはなく、気付いたら駆けだしていた。 がっと源田の腕を掴んで、動きを制して、緊張と、急なダッシュに上がる息に、どうしようもなくなる。 掴んだものの、振り向きもしない源田にまた焦りは募る。 言わなければ、言わなければ。 「ごめん!!!!」 勢いよく、そう言った。 言えた、よかった。 少しの安心と、それで許してくれるのかという不安。 折り混ざってよくわからないことになる。 「俺、勝手だった。源田に、迷惑かけた。」 たどたどしい、謝罪の言葉。 普段から好き勝手やってきてしまった自分への罰。 素直にするりと言葉を口に出すことが、なんとも難しいことか。 「…佐久間、」 源田が、やっと振り向いた。 少しあきれたような顔をしていて、これは何かまずかったのかもしれない、と冷や汗が背中を伝う。 小さなため息をついて、源田が俺を見る。 「迷惑だなんて、思ってない。」 「…」 「…ただ、自分の体は大事にしろ。」 真帝国のときのようなお前は見たくない、とそう言った。 源田は優しい奴なのだ。 いつも俺のことを気にかけてくれている。 それに甘えて、突っぱねて、助言を受け入れることを拒む。 俺はなんて、浅はかで、愚かなんだろう。 「わかったか。」 「………おう。」 「なら、いい。」 そう言ってから、2、3度ぽんぽんと頭を軽く叩かれた。 「シャワー、佐久間も行くか。」 源田がいつもの調子で笑うので、呆気にとられてこくりと頷く。 俺はそのいつもの調子とやらが戻らなくて、慌てて鞄からタオルを取り出す。 その俺の背中目掛けて、源田が声をかける。 「たまには喧嘩もいいな、素直な佐久間が見れて。貴重体験だ。」 そう、笑いながら言うので、俺は「死ね!」と言いながら二度とこんなことがあってたまるかと思う。 それだけ、源田に心配かけてしまうのだから。 ただでも、その最後のふざけたような源田の言動に、幾分、救われた。 * * * ゆか様からの源佐久で喧嘩でした! フリリク企画にご参加ありがとうございました! 戻る . |