粗雑な表現










声をかけられることはよくあることだった。
ぼーっとしているからかもしれないが、道を聞かれたり、お茶に誘われたり、様々だ。
今日も佐久間を待っている間に声をかけられた。
それは特に日常的なものにさえなってしまっていたから、特に気にせず会話をする。


「ねえ、君格好いいね。」


そう話しかけてきた女性は、俺より幾分年上に見える。
佐久間はまだ来そうにもなかったから、いい暇つぶしになるだろうと思って会話をする。


「いえ、」
「またまた、謙遜しちゃって。ねえ、暇なら、お茶でもしない?」


そう言ってくる女性は幾分、露出が高いと思う。
ノースリーブのタンクトップに、これはなんていうんだ…なんか短いハーフパンツ?ショートパンツ?みたいなものを着用している。
最近の女性は肌やら足やら出して、体を冷やさないのだろうか。
女性は冷え症の方が多いと聞くが、こんな恰好をしていたらそりゃ冷えるだろう。
そんなことを考えながらその女性を観察していると、後ろから聞き覚えのある声がした。


「源田、」


佐久間だ。
声を聞いただけでまだ姿を見ていないが、酷く機嫌が悪いのがよくわかる。
女性も佐久間に気付いて佐久間を見たのだろう、目が、輝いている。
まあ佐久間は綺麗系な見た目であるから、女性が興味をひかれないわけはないのだけれど。
ただ、でも、今。
申し訳ないことに佐久間は不機嫌に違いないのだった。
俺の手をぐい、と思い切り、引く。
それも無言で。
ああ、これは今、かなり不機嫌指数は高いに違いない。
そのままその勢いで振り向くと、ぎらぎらと眼帯をしていないほうの眼が、蠢いていた。


「油売ってんじゃねーよ。行くぞ。」


ドスの聞いた、なんとも恐ろしい声色である。
女性は何も言葉を発しなかった。
佐久間の酷い不機嫌オーラにやられてしまったのか、たじろいでいる。
そのまま、ぐいぐいと引っ張られるのでそのままその場所を後にする。


「佐久間、」


呼ぶが止まらず、ずんずんずんずん人波をかき分けて、進んでいく。
俺の手を掴んだまま、引っ張って、引っ張って。
急に立ち止ったかと思うと、そこは佐久間がお気に入りの喫茶店の前だった。


「入るのか?」
「…」


その言葉すらも無視で、何に機嫌が悪いのか、よくわからない。
別に約束の時間に遅れたわけでもないし(寧ろ佐久間が少し遅れた)、昨日別れるときに何かした心当たりもない。
俺の手を掴んでいないほうの手でからん、と音をたてて、先程までの乱雑な態度とは違い、丁寧にその扉を開けた。
いらっしゃいませ、と明るい女性の声が響いて、何名様ですか?と聞かれ佐久間は無言で指を2本立てて見せた。
2名様ですね!と佐久間の態度とは裏腹に明るい態度が返ってきて、流石接客のプロ、と感心する。
そのまま席に案内され、案内される寸前に手を離された。
掴まれたまま引っ張られるのも少々困るが、離されると少々寂しいものがあるな、とぼんやり思った。
その店の一番端の席に座る。
間近でゆっくりと佐久間の顔を見ると、やはり少し機嫌が悪いようだった。
眉間に皺がずっと寄っている。
店員さんが持ってきてくださった水の入ったグラスを左手で持って、ぐるぐると回しながら何か考え事をしているであろう佐久間の眉間を人差し指でつつく。


「…何すんだよ。」


やっと発した言葉はやはり、低い声色をしていた。
ぎろりと睨まれ、まあ慣れているからすごんだりなんてものはしないけれど、どうにかしなければ、と思う。
心当たりなんてないのだから、どうにもしようがない。
とりあえず、聞くことにする。


「機嫌、悪いのか?」
「見りゃわかんだろ。」
「なんで?」


そう聞くと佐久間が目を一瞬見開いて、一気に手元の水を飲み干した。
がつん、と音がするほど力強くテーブルに置かれた空のグラスに入った氷がテーブルに少量落ちる。
それを拾ってグラスに入れながら、佐久間のほうをじっと見ると、どうにもばつが悪いのか、目線をそらされた。


「……お前、ああいうのがタイプなわけ?」
「え、」


ああいうの?ああいうの…ああいうの…。
佐久間が言わんとしていることがよくわからず、短い疑問の言葉だけを返す。
すると佐久間が目線を反らせたまま、語尾を強めながら「さっきの」といった。
さっきの、ああ、先ほどの女性のことか?
頭で思い出すのももう大分印象の薄くなった女性を必死で思い浮かべる。


「それが…どうした?」


正直な感想である。
その女性が一体どうしたというのだ。
特になんの感慨もない、ただ一瞬話しただけの女性に。
佐久間がちらりとこちらを向いて、盛大にため息をついて、「もういい」と言った。


「よくない、気になる。」
「いいっつってんだろ。」


そう言ってはいこの話は終わり、と言わんばかりに手のひらをひらひらと追い払う仕草をした。
いやだがしかし、そういうわけにはいかないとその手を先程の佐久間のようにがしっと掴む。
驚いたように完全にこちらを向く佐久間。
そしてもう一度、今度は小さく、ため息をつく。
そのまま、掴まれていないほうの手で、俺の胸倉を、がしと掴んだ。


「お前は、俺だけ、見てればいいから。」


しっかりと目を見据えられて、そう言われた。
ぶっきらぼうに、ただしかししっかりと、そう伝えられてしまった。
ああ、そういうことか、と頭の中で納得する。
わかったというとぱっと何事もなかったかのように離して、メニューに目を通し始めた。
なんというか、ひとつひとつが乱暴だ、と思う。
けれどその真っ直ぐな愛情表現は素直にうれしい。
まあ、乱暴だけれど。






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サク様からのやきもち佐久間でした!
フリリク企画にご参加ありがとうございました!




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