※ちょっと若い飛鷹さんと唐須くん。唐須くんチーム入りたてくらい?

鋭く尖るその視線










屍累々。
その言葉が、正しい。
俺の周りには夥しい、沢山の人が倒れている。
その中に立っているのは、飛鷹さんだけだった。
自惚れていた。
ひとりで、どうにかできると、そう思っていた。
単身で乗り込んで、どうにかできるだなんて、勘違いも甚だしい。
殴られ、蹴られ、一斉に飛びかかられて、どうにもできなかった。
そう、飛鷹さんが来なければ。
飛鷹さんが来なければ、俺が今頃、この周りに倒れている奴らのひとりだったのだ。
飛鷹さんが来てくれた瞬間、情けないことに安心して腰が抜けた。
地面にぺたり、と女子でもあるまいし、座り込んでしまった俺の前で、見事に、それは見事に、全員をひとりでのしてしまった。
到底、俺などは及ばない実力の差。
綺麗に舞う蹴りが酷く鮮明で、呆然と見ていた。


「唐須、大丈夫か。」


その中央に立っている飛鷹さんが、振り向いて声をかけてくる。
息ひとつ切らしていないその姿。
雄々しく、格好いい。
黒の学ランがよく、似合っていると思う。
ただ足がどうしても動かなくて、ぼんやりと飛鷹さんを見つめていると、飛鷹さんが、ゆっくり、ゆっくり近づいてくる。
ざり、ざり、とスニーカーが生じる音に耳を傾けていると、顔の前に影がさす。
飛鷹さんが俺に右手を差し出した。
俺はそれを掴むこともままならない。
そのままその右手を眺めていると、両脇に手を差し入れられて、無理に立たされた。
力強く、ぐい、と持ち上げられた体は、先程まで力が抜けていたとは思えぬほどすんなり地面に立つ。


「…怪我はねぇか。」


そう言ってぱんぱんと俺の汚れたパーカーをはたいた。
土埃が舞って、完全には戻らないが、どんどん元の状態を取り戻す。
そしてぽん、とフード越しの頭の上に手が、置かれる。


「よく頑張った。」


優しく、しないでください。
俺はあなたを危険に曝したんです。
ひとりで、『強い』と勘違いして、乗り込んで、迷惑をかけた。
いっそのこと、殴ってくれて構わない。
いや、


「…飛鷹さん、」
「なんだ。」
「殴って…下さい…。」


そうしてもらわなければ申し訳が立たない。
気が、晴れない。
一緒に戦うならまだしも、俺は座っていただけなのだ。
すると頭に置かれていた手が、動く。
肩に置かれた両方の手が、がっちりとそこを掴んで、俺の顔を覗き込むように。
飛鷹さんの鋭い目が、俺の両目を射抜く。
いつもの、喧嘩をしているときのその獲物を捕える目とは違う。
真剣で、心の底から、射抜く。


「馬鹿か。折角無事だったってのに、自分から進んで怪我してどうする。」


怒鳴られる、と思っていた。
優しさが、じくじくと痛い。
気付くとすみません、すみませんと何度も呟いていた。
弱いのだ、この人の前では、虚勢など張れやしない。
この人は俺の憧れで、眩しくて、そして広くて、深いのだ。
目からはとめどなく水が溢れ、こんな情けない姿など、見せたくないのに、止まることはなく。
この人は、ただ己のことではなくて、常に相手のことを、俺たちの、俺たちのことを思ってくれているのだ。
それが酷く、辛い。
辛くて、嬉しい。


「…と、び、たかさ…っ!」
「…唐須、」


ぐちゃぐちゃになった俺を力強いその腕で抱きしめた。
この人の前ではどうしても嘘は付けない。
安心しきって、赤子のように、泣いてしまう。
その似合ってると感じた学ランの肩口をこれでもかこれでもかと濡らしてしまう。
飛鷹さんも飛鷹さんで、まるで赤子をあやすかのように俺の背中をリズムよく叩く。
あなたの背中に追い付きたいと、追い越したいとずっと思っていたのに、差はますます広がるばかりだ。
それでも、それでも。
傍に居させてほしいと思うのは、我儘なのだろうか。
追いつけやしないのに、追い越せやしないのに、この人にずっとついて行きたいと、思うのだ。
情けない。
実に、情けない話だ。
渦巻く激情は、酷く不安定なのだ。
だらりと左右に揺らせていたままだった腕を、そっと飛鷹さんに甘えるように、甘えてなどいけないのに、背中にまわす。
その手で強く、ぎゅっと学ランを握る。
本当に情けない。
誰かに見られていたら、笑い者どころの騒ぎではないというのに。


「大丈夫か。」


もう一度、繰り返された。
その言葉に、どうしても体は震えて。
離れたいのに、離れたくないこの矛盾をどうしてくれよう。
それから飛鷹さんは、一言も発しなかった。
発しない代わりに、泣きじゃくる情けない俺をずっと抱きしめたままだった。






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らら様からの飛唐甘甘でした!
フリリク企画にご参加ありがとうございました!




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