レゾンデートル










日差しは酷く、残酷だった。
燦々と照りつけるそれは、容赦なく降り注いで体力を徐々に奪っていく。
俺でさえ、酷く熱くてくらくらしていたのだから、暑さに弱いガゼルがその熱に勝てるわけもない。


「…っ!ガゼルっ!」


がくんと足から力を失って、腰、上半身、頭。
日光降り注ぐフィールドに倒れる。
所謂、熱中症なのだろう。
水分が失われた唇は妙にかさついているように見える。
他のチームメイトに練習を続けてくれ、と言い、その場を離れる。
ガゼルの体を抱き上げて、ベンチの木陰に連れていく。
本来ならば救急車を呼ぶべきなのだろうが、宇宙人として君臨している俺たちにそれは叶わず。
そんなにひんやりとはしていないが、フィールドよりは幾分ましだ。
柔らかいものがなかったので仕方なしに己の膝の上に頭を乗せてやる。
男の膝枕なんて、それに俺は幾分他より筋肉質なところがあるから、硬いだけだろうが、この際我慢してほしい。
チームメイトの能力データをまとめたものを挟んだバインダーで仰いでやる。
そうだ、水を、水を飲まさなければ。
と近くにあった水の入ったペットボトルを手にするのだが。
どうやって飲まそう…と思案する。
ガゼルの口はあろうことかきつく結ばれてしまっているし、あまり加減のしらない自分では大量に注ぎ込み過ぎてむせさせてしまうかもしれない。


「…今日だけだからな。」


少しだけ思案した後、意を決する。
己の口に水を少しだけ含んで、ガゼルの口元に近寄る。
そしてそのまま一気に口付けた。
舌先で口を無理やりこじ開け、水を注ぐ。
少しずつ、と舌先を尖らせて自分に出来る範囲で調整して、つつ、とガゼルの体内に送る。


(恥ずかしすぎて死ぬ…)


と内心思いつつ、一大事なのだから仕方ない、と言い聞かせる。
羞恥を叩きだそうと自信を叱咤激励しつつ、水を最後まで流し切って、唇を少し、離した。
そのとき、ガゼルの体がぴくり、と動いた気がした。
気がした、のではなく、動いた。
先程まで倒れていたとは思えない程に素早いスピードで俺の胸倉をぐっと掴んで、再度俺の唇がガゼルの唇に。
飛び退きたい衝動に駆られたが、俺の膝の上にはガゼルの頭があって、倒れていた人間を乱暴に扱うなんてことは出来ず。
そのままもう片方の手がのびてきて、俺の頭をがっちり抱え込まれる。
いつもとは方向が違うキスは、何度も、何度も歯がかちかちと音を立てる。
粗雑で、横暴で、荒々しい。
舌先で口内を蹂躙され、歯をなぞられ、絡まる。
下を向いているから呼吸がしづらくて、今度はこっちが呼吸困難で倒れそうだ。
手に持っていたバインダーとペットボトルを投げ捨てて、ガゼルの手を外しにかかる。
だが、口内を擦られ、手にあまり力が入らない。
脳はびりりと痺れ、甘い感覚に酔いそうになっている自分がいる。
仕方ないので膝の上に乗った頭を軽く2、3度叩いた。
すると漸く観念したのか、頭をやっと解放された。
そして唇を離すと、心底楽しそうに笑うガゼルと目があった。


「…何しやがんだ、テメー。」
「人の寝込みを襲っておいて何を言う。」


俺が悪態付くと、すぐさま反論される。
襲ったってお前…と俺が絶句していると、俺が反論できないと判断したんだろう、くつくつと笑う。


「お前、倒れたろ。」
「私が?」
「そう、お前。さっき練習中に。」
「ああ、あれ、演技。」


固まる俺であった。
いとも簡単にさらり、とそんなことを言うものだから、さっとどいて頭を地面にごちんと落としてやる。
うっとガゼルが呻いたが、いい気味だ。
俺のさっきの羞恥心とか、心配を返せ。
俺の感情は無料で配布なんてしてねえんだぞ、有料だ、有料。
もうお前になんぞ、やらん。


「全く、君は乱暴だな…。」


そう言ってよいしょ、とガゼルは体を起こす。
そして俺のほうに近寄る。
その目は何故か獰猛な獣を彷彿させる。
なんだこれ、怒ってんのか?いや違うな、狙われている?
なんだかよくわからない感情が体内を駆け巡って、逃げ出そうにも逃げだせない。
否、逃げ出す気なんてさらさらないのだろうけれど。


「試合中に君を見てると、どうしても独り占めしたくなった。」
「我儘だな。」
「我儘?…そうだな。でもそれは、バーン。君がよく知ってるだろう。」
「まあ…な。」


父さんに認めてもらうことだって、そしてジェネシスの称号を手に入れるのだって、何事にも、貪欲。
目標のものは、何が何でも手に入れたい。
そういう思想をガゼルは少なからず持っていた。
どんどん顔が近くなって、俺の視界はガゼルでいっぱいになる。
その冷たい眼には、俺の顔が映っていて、その顔は、別に普段と変わらない、眉間にしわを寄せた顔だった。


「…俺以外が助けたらどうするつもりだったんだよ。」
「どうしたもこうしたも、」


君が一番に駆けよってくれるに違いないと、信じてた。
そう続けて、にやり、と微笑む。
それならば、俺はまんまとこいつの思うままになっていたというわけか。
少々悔しい。


「いや、でも、驚いた。まさか君からキスするなんて。」


無意識に頭の隅に追いやっていた光景を思い出して、瞳の中の俺は明らかにうろたえた。
頬に熱が集まって、顔がこれでもか、というほど赤いのがわかる。
死にてえ…。
消えてなくなりたい、と心の底から思う。
あまりにも歯がゆいので、してやったりという顔をしているガゼルに飛びついてやる。
そのまま肩に手を置き、がっと押し倒し、もう一度、キス。
先程のとは違って、角度もいつもと同じだけれど、殆ど俺からはしないその行為は、荒々しく獣のようだ。
歯がかちかちとなって、勢いよく離してやると、眼前のガゼルは酷く、驚いた顔をしていた。
ざまあみろ。
乱雑に己の唇を手の甲で拭う。


「俺だって、やればできんだよ!」
「そのようだね。」


むくり、と再び起き上がって、一言、「へたくそ」と耳元で囁かれた。
そのままぎゅっと抱きしめられたので、ガゼルの背中に手を回す。


「…心臓に悪りぃから、そういうの、演技でもやめろ。」
「うん、分かった。晴矢がそういうなら。」


そう言って、宇宙人じゃないほうの俺の名を呼んだ。
それで怒りともども落ち着く俺は、やっぱり認めたくはねぇけど、俺だって風介を独り占めにしたくてたまらなかったのだろう。






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ぬん様から頂きました、ガゼバン失神ネタでした。
フリリク企画にご参加ありがとうございました!




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