飛んで火に入る 『浴衣で来い。でないと皇帝ペンギン一号。』 と、絵文字も顔文字もとくにない、いつも通りのそっけないメール。 それを送信してきたのはもちろん佐久間で、今日は地元の祭りに行く予定だった。 不穏なそのメールに、ぶつけられるより、使われたほうがたまったもんじゃないと思い、箪笥をひっくり返し、着流しを取り出す。 多分父のか、祖父のか、どちらか。 自分ではあまりこういうのは着ないから、着方もよくわからないので母に手伝ってもらった。 「デート?」とからかう母に、「そんなもん」と答えた。 まあ、実際、佐久間とは付き合ってるし、デートには違いないのではある。 「あれ?」 浴衣を着て、待ち合わせ場所に来て見れば、既に佐久間はやってきていた。 俺に浴衣を着てこい、というくらいだから、佐久間も浴衣を着てきていると思っていたのだが、予想は外れに外れる。 細身のジーンズに黒のポロシャツという至って軽装で着ていたのである。 頭にクエスチョンマークを大量に放出する俺に向かって佐久間はにやり、と笑う。 そして俺の浴衣にもさして触れず、ただ一言、「遅い、待ちくたびれた」といった。 「いつもは佐久間のほうが遅い癖に。」 「しょうがないだろ、楽しみだったんだ。」 夜の闇に提灯で照らされた佐久間の銀糸はとてもきれいだった。 きらきらと輝いて、てらてらと照らされて、反射する灯りがとても幻想的で。 よいしょ、と俺の横にステップを踏むように並んで、俺の手を少しだけ、引いた。 よっぽど祭りが楽しみだったんだろう、表情がすごく豊かだ。 「どこから回る?」 「…佐久間に任せる。」 「まあ、当然だな。」 至極楽しそうに笑ってじゃああっちと指差してまずは屋台。 やっぱり佐久間にとっては花より団子なのだなあと思う。 俺の手をひょいと放して、意気揚々と前を歩いて行く。 そのあとを佐久間を見失わないように気をつけながら歩く。 周りでは浴衣をきた女子や、カップルが楽しそうにはしゃいでいる。 ときどき俺がついてきているか気にしてか振り向く佐久間の手をぐっと掴んで引き戻す。 「佐久間、」 「何すんだよ、源田。」 「下駄だからうまく歩けないんだ、手、貸しといてくれ。」 まあ正直なところ言い訳にすぎないのだけれど、ただ手がつなぎたいだけだなんていうと確実に皇帝ペンギン一号とは言わないが、二号くらいははなたれるかもしれない。 夜暗いし、みんな楽しそうだからばれないだろ、とつけたす。 「肩なら許す。」 そう言って掴んだ俺の手を引きはがして、佐久間の肩におかれた。 少々惜しいが、まあ、仕方ないだろう。 諦めて佐久間の肩に手を置いたまま、進む。 道中に、林檎飴やら、焼そばやら、フランクフルトやら、いろいろ食べて、射的、輪投げ、金魚すくいなど定番物を一通りやる。 一個一個に白熱したり、一喜一憂する佐久間をみるのは楽しかったが、やはり浴衣を着てきてほしかったなとぼんやり思う。 そして夜の花火で一番よく見える穴場がある、と佐久間が言うので移動する。 少し山に入ったところで、切り崩された部分。 星と街が一望できて、人気も少ないし、実に穴場という言葉がふさわしい。 「あー遊んだ遊んだ遊び倒した。もう暫く祭りはいいわ。」 酷くご満悦に、俺の横に座りながらそんなことをいう。 目線は電気で装飾された街から反らさず、そっと手を伸ばしてきた。 先程は繋がせてくれなかった手が、俺の手を上から掴むので、どうしたものか、と佐久間のほうを見ると、あたかも自然に、空を眺めている。 下になった手を、引っこ抜いて、上から指を絡めてやると、佐久間も指と指の間に差し入れられた俺の指をぎゅっと握った。 「佐久間、なんでお前、浴衣着てこなかったんだ?」 ずっと疑問に思っていたことを聞く。 すると佐久間はこちらを向いて、にやりと笑った。 「俺、浴衣持ってねーし。」 「持ってないのか?着てこいというくらいだから着てくるものだと思ってたぞ。」 予想もしていない言葉に少々反論する。 浴衣もきっと、似合うだろうななどとそんなことを考えながら楽しみに来た俺の身にもなってほしいと思う。 すると佐久間はその質問には答えず、体ごと俺のほうに向いた。 繋いでいない手のほうで、俺の着流しの合わせ目から覗く肌を人差し指でつつ、と撫でる。 そして至極満足そうに笑う。 「やっぱ、着流し似合ってる。かっこいい。」 絶対似合うとおもってた、と続ける。 もしかしなくとも、ただ俺の浴衣姿が見たかっただけだったのだった。 今全部合点がいった。 まあ、早とちりした俺が悪いんだろうなあ…と思う。 そもそも佐久間、着てくるなんて一言も言ってなかったしな。 ひとしきりなぞったあと、俺の肩に佐久間が頭を預けてきた。 それと同時に大きな音がして、夜空に色とりどりの花が咲く。 「源田、」 「ん?」 「浴衣、来年着るから。」 だから来年も、一緒に。 すっと繋いでないほうの小指を差し出す。 来年か、そうか、来年。 「来年だけじゃなくてその先もずっと一緒に。」 そう言いながら小指を絡めてやると、そんな先のことまで約束できるか、と反論された。 けれど絡めた小指を離さないということは、まあそういうことなんだろう。 様々な色の中に浮かび上がる佐久間の銀糸はやっぱり綺麗だった。 * * * リクエスト頂きました源佐久でした。 フリリク企画にご参加ありがとうございました! 戻る . |