排除、排除。










放課後の図書室は静かだ。
静かだといっても、まあ図書室は平常静かなものではあるけれど、校内には殆ど人の気配がしないものだから、いつもよりもっと静かだ、という表現のほうが正しいだろう。
現在この学校に残っているのは精々運動部くらいなもので、もう日も沈みかけた空は綺麗な橙色をしてた。
いつものお気に入りの窓際の、本棚の陰に隠れたひっそりとしたスペースで、夢中になって文庫本を読みふけっていたらいつの間にかこんな時間になってしまった。
勉強する時だけに掛ける眼鏡がずり落ちてきて、それを文庫本を持ってないほうの手で上げる。
ふと人の気配を感じて顔を上げると、目の前には緑川が腰に両手を添えて、仁王立ちで立っていた。


「あれ、どうしたの、」
「鍵!先生から戸締りしておけって言われたから。」


緑川は活発で、絶対に体育委員とかそこいらかと思っていたけれど、実際は彼は本を読むのが好きで、図書委員なのであった。
ああ、そういえば今日は火曜日で、当番は緑川だった。
そんなことを思いながら眼鏡のレンズ越しに緑川を見た。
ひらひらと右手で鍵を上に上げてぶらつかせている。
少し怒っているのだろうか?いや、まあ確かに、図書室の使用時間は夕方の17時までで、時刻は既に18時半を超えているから、大幅にオーバーしてしまっていた。


「声、かけてくれればよかったのに。」


文庫本を片手に立ちあがってそういうと、緑川が時間くらいは確認しておけ!と怒る。
まあ多分声かけようと思ったけど、優しい緑川のことだからきっと集中してる俺にもう少しだけ読ませてくれようとしたんだろうけど。
素直にそういうタイプじゃないしな、緑川は。


「とにかく、それ、借りるの?」


それ、と言われて指を差されたのは手に持っていた文庫本。
まだ中腹ほどまでしか読んでいないそれをどうしようかなあ、と悩む。
借りてかえってもいいが、家に帰ると弟や妹たちの世話をしなければならないため読む暇など皆無に等しいのだ。


「いや、いいよ、また読みに来るから。」
「そっか。」


じゃあ戸締りするから早くしまってきてよ、と緑川が促すので俺もそれにうんと頷いて素直に従うことにした。
開け放たれたままの窓の施錠をする緑川の、緑のふわふわした髪が風に靡く。
まだ夏の風は蒸し暑くて不快でしかないそれを、緑川は眉間に皺を寄せて受け入れていた。
きちんと施錠をする姿をぼんやりと見つめてしまっていると、緑川がきょとんとした顔でこちらを向く。
あ、そういえばまだ文庫、しまってなかったっけ。
けれどどうしても、文庫本をしまうことなんて、俺の中の優先順位はとてもとても低かったのだ。


「緑川、」
「んー?」


橙色と緑色はどうしてこうも映えるのか。
なんか美術の時間に習ったような気もしたが、そんなことはどうでもいい。
色彩だとかそういうのではなくて。
本棚の陰の薄暗い色と、眩しいその二つが折り合ってなんとも、綺麗だ。
文庫本を机の上に音もなく置いて、緑川に近づく。
そして緑川の頬に手を添えて、迷いもなく一直線にキスをした。
最初は軽く、次は深く。
文庫本を置いていてよかった。
両手がなければ、貪ることなど、出来ない。


「…ん、」


緑川の口から、浅い呼吸が漏れて、そして手が俺の頬に触れる。
名残惜しかったけれど唇を緑川のそれから離すと、緑川があきれたような顔をして、


「誰かにみつかったらどうするんだよ。」


といった。
まあ確かに人気がないとは言えここは学校だし、見つかる可能性だって無きにしも非ずだろう。
でも仕方がないじゃないか。
今、したかったんだから。
ただ緑川も満更でもなかったようで。
俺の頬に添えた手で、俺のかけていた眼鏡を外す。


「これあると、邪魔だから。」


そう言って今度は緑川から俺にバードキス。
文句を言っていた割に、どうやら緑川もしたかったらしく、それが可愛くて苦笑してしまう。
顔を耳まで真っ赤にして、ぷいと後ろを向いてしまったから、よっぽど恥ずかしかったのだろう。
確かに緑川から俺にキスをしてくることなんて滅多にないことだから珍しいにも程があるのだけれど。
緑川がそのまま施錠に戻ってしまったから俺もさっさと片付けようと文庫本を手に取る。
あ、やっぱり、借りて帰ろうかな。
妹や弟たちが眠ってから読めばいいし。


「みどりかわ〜」
「なに?」
「やっぱりこれ、借りてってもいい?」
「そう言うと思って判子出しっぱなしにしといた。」


流石緑川、伊達に長年付き合ってるわけじゃないよね。俺の手から文庫本を受け取って、図書室前方のカウンター席に緑川が着いた。
その向かい側に椅子を引き摺って行って座ると、緑川が下を向いてなにやらごそごそしていた。
何をしているんだろう、と思ってみていると、緑川がぱっと顔を上げる。


「どう?似合う?」


先程俺から奪った眼鏡だった。
嬉々として眼鏡をかけて、俺を見る緑川。
そういえば返してもらってなかったなあ。
あーどうしよう、やっぱり、そうだな。


「うん、似合ってる。」
「ほんと!?」
「うん、本当。でも、やっぱり、邪魔だね。」


色濃い橙色と灰色の下、そう言って緑川の顔から眼鏡を奪ってまた、キスをするのだった。






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ちーさんリクエストの基緑学パロでした!
リクエストありがとうございました。




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