12時過ぎのシンデレラ 6










源田が暫く口を開くことはなかった。
俺も俺で顔を上げることはできなかった。
沈黙を破るのが怖くて、沈黙を破られるのが怖い。
暫く静かなときが流れて、やっとのことで源田が口を開く。


「佐久間、とりあえず。」


顔あげて、というのでここは素直に顔をあげた。
すると源田が座っていたベッドの左側をぽんぽんと叩く。


「とりあえず、座らないか。」


言われるがままそろりそろりと足を進めた。
源田の表情を少しだけ、この時窺ったが、なんというかよくわからない。
よくわからないというのは読めない、ということで。
ただ、俺が想像していたものとは、少しだけ違う。
ぽふりと出来るだけ振動を加えないようゆっくりと座る。
源田と至近距離で目が合って、不謹慎にも心臓が跳ねた。


「佐久間、」
「…なに」
「すまなかった。」


何を言われるものか、と覚悟した返しだった。
怒られるか、それとも本当かと聞き返されるか。
どちらかだと思っていたから、返された謝罪は正直、予想外だった。
なんで源田が謝る。
謝らなければならないのはこっちに違いないのに。
源田はえーとかあーとかいいながら頭をがりがりと掻いていた。
え?なに、この反応。
なんか言いにくそうに、いやでもなんか、えっと、困ってんのか?


「…知ってた。」
「え?」
「佐久間だって、知ってた。」


なんつった?今、なんつった?
とんでもないこと、口走らなかったかこいつ?
『知ってた』って言わなかったか?
『さくら』=俺だってことを?
どういうことだ、と先程までの反省の色なんてどこへやら、源田にずずいと遠慮なしに詰め寄る。
源田は困ったように笑って、そして言うのだった。


「初めに見たときから、佐久間だってわかってた。」


見間違うわけないだろう、と。
一体何年の付き合いになると思ってるんだ、と。
最初後ろ姿を見たときには気付かなかったが、顔をみたら一発だったそうだ。
化粧してるし、スカート穿いてるし、でも、これは佐久間に違いない、と。


「でももし、佐久間じゃなかったら失礼だと思って。」


だから、様子を見ていたらしい。
珈琲店からなんからずっと。
普段なら誘われたって付いて行ったりなどしないそうだ。
初めは半信半疑だったが、確信したのはどうやら珈琲店の外から辺見たちがこっちを見ながらにやにやしていたかららしい。
あいつら…締める。ぜってー締める。
メールアドレスを聞いたのだって、まあ教えられないだろうという源田にあるまじき悪戯心だったらしい。
それを俺が教えてしまったと。
不運続きにも程がある。
ん?いや、いやいやいやいや、ちょっとまてちょっとまてちょっとまて!!!


「テメェ、じゃあずっと俺って知っててメールしてたのか!!!!」
「わ、だから、悪かったって!!!」


胸倉を掴む勢いの俺に笑いながら謝る源田。
へらへらしてんじゃねえよ!!とまた怒鳴ると、源田はまたはは、と笑った。
まあ俺もだましてたわけだし、お互いさまっちゃーお互いさまなんだけど。


「…いや、不謹慎かもしれないが、楽しかったんだ。」
「…え?」
「さくら…あ、いや、佐久間とメールするの。」


そう言って笑う源田になんだか恥ずかしくなって胸倉から手を外した。
するとその離した腕を下げる前に源田にがしり、と掴まれた。
驚いて源田の顔を見ると、先程のへらへらとした顔とは打って変わって、フィールドにいるときのように真剣な顔をしていて。
何がどうしてそんな顔を源田にさせるのか、と思っていたが、その顔を見て、思い出した。
今まで気持ちが張り詰めていて、そのどんでん返しに今度は唖然とさせられて、すっかり忘れていたのだったが、こいつは『さくら』に。
いや、俺に。
…告白しなかったか?


「げ、ん…だ、」


唇が震える。
聞かなくてはならないことがうまく出ず。
心のどこかで無駄に、期待してしまっているおこがましい自分がいて。
しかし冗談かもしれない。
聞いてしまえば楽になるのに、聞けない。
あと一歩のところまで来ているのに。
重要なことは、あと少しなのに。


「好きだ、佐久間。」


源田はあっさりと俺の聞きたいことを見抜いていた。
そしていとも簡単に、するりと、発した。
こんどは、『佐久間』と付け加えて。
すきだ、と。
すきだ、などと。
言ったのか、目の前のこの男は。


「…う、」
「お、おい、佐久間っ!?」


今俺は相当酷い顔をしているに違いない。
涙が止まらないのだ。
嬉しい、嬉しい、嬉しい、と感情が体内を暴れる。
源田が好きなのは『さくら』じゃなかった。
俺だった。
その事実が途方もなく、嬉しい。
男を好きだなどと、気持ち悪がられるのではないかと思っていた。
抑え込もうと、今日限りにしようと、思っていた。
そして今日限りで、友達としても、終わってしまうかと思っていた。
ぼろぼろとまるで幼児のように、嗚咽交じりに、泣いてしまった。
我ながら、なんとも酷い有様だ。
慌てる源田がなんだか面白くて泣きながら笑ってしまう。


「はは、何焦ってんだ、」
「…さくま、」


またそうやって俺の名前を、『佐久間』と呼んで、源田は俺を抱き寄せたのだった。
俺の髪、まだびしょびしょなんだけな、とぼんやりと考えて、でも俺は大事なことをまだ、源田に伝えていないことを思い出した。
あーなんていうか、その、えっと。
うん。


「…源田、」
「ん?」
「………………俺も。」


俺も、好き。
そういうと源田がより一層強く抱きしめるものだからバランスを崩してしまった。
どさりとベッドに倒れこみ、源田の体重を体全体で感じながら、また、笑ってしまう。
源田が素早く俺から離れるので少々名残惜しさを感じながら、ベッド腕をついて俺を見下ろす源田の顔をぼんやりと見ていた。


「女装も似合ってたが、やっぱりこっちのほうがいい。」


そう言って、俺の、佐久間次郎の、髪を優しく撫でた。
うん、やっぱ源田はかっこいい。
女の子がきゃーきゃーいうのも、頷ける。
俺が源田のこと好きなのも、頷ける。
源田がもてる理由が今度は完全に分かった。
好きだな。やっぱり好きだ。


「…でもたまには女装、してくれ。」
「……あほかっ!!」


源田の鳩尾にFW仕込みの蹴りを一発入れてやると源田がベッドにどさり、と倒れたので今度は俺が覆いかぶさってやった。




戻る



.