夏休みの特権










ジーワジーワと蝉が鼓膜を震わせる。
心なしかゆらゆら揺らいで見えるアスファルト。
盆過ぎだというのに暑さはまるで和らがない。
焼け付く太陽が肌を蝕んで、熱を持つ。
額にはやはり汗が浮かんでいてどんなに薄着をしてもそれは仕方のないことだった。
汗ばんだ体はべた付いていて、たかが十数分の距離だというのにこの有り様だ。
普段サッカーをしているときはさして気にもならないというのに。
試しに走ってみようか、とも思ったが両手を塞がれた今それは叶うはずもなく。
汗でそれすらも落っことしそうになりながら足を進める。
通い慣れた道を左に曲がる。
目的の場所に辿り着いて両手が塞がっているから少々行儀は悪いが仕方なく顎でチャイムを鳴らした。
ピンポーンと明るい音が響いて、数秒経つと『はい』とこれまた明るい声がかえってきた。


「こんにちは、風丸ですけど」
『あら風丸くん!?ちょっと待ってね。』


声がしたと同時にぱたぱたと足音がして玄関のドアが開かれる。
そこからひょっこり顔を出した円堂のおばさんは俺の姿を確かめるとにこやかに笑う。
そして俺の手に持っている物体が目に入ったらしく、門まで開けて貰う。


「田舎の祖父母が大量に送ってきて…母さんが持ってけって。」


両手を塞ぐそれ――すいかを少し高い位置に上げて見せると、おばさんは目を輝かせるものだから、流石円堂の親だなぁと思う。
家に上がらせてもらい、台所まですいかを運んで、それを置く。


「おばさん、円堂は?」


ある程度予想はついていたが敢えて聞く。
おばさんは予想通り、困ったように笑う。
やっぱりか。


「俺、起こしてきます。」
「いつも悪いわね。」


俺の苦笑におばさんも苦笑で返し、もう何度も通って我が物顔で二階へ続く階段を登る。
背後から「すいか切っとくわね」と声がしたので返事もしておく。
登りきって、突き当たりの部屋をわざと音を立てて開けた。


「円堂!朝だぞ!」


言いながら入るとやはり円堂はベッドで熟睡中だった。
基本的にサッカーが絡まないと寝坊助なのだ、こいつは。
床に無惨にも落ちてぐしゃぐしゃになった布団を端においやり、腹を出して寝ている円堂のパジャマを引っ張って元の位置に戻す。
相変わらずの寝相の悪さに苦笑しつつ、外の風で揺らいでいる遮光カーテンを容赦なく勢いをつけて、思いっきり開ける。
ほぼ午後に差し掛かった日差しがこれまた容赦なく円堂に降り注いだ。
それでも一向に起きる気配のない円堂。
俺なら多分一発で起きるに違いないこの技もやはり無理だった。
まぁ無理なのは以前幾度と試して確認済みだったけれど。
仕方ない、と大きく息を吸い込み円堂の顔をのぞき込むような形で肩に手を置く。
いつも通り、持久戦である。


「円堂!何時まで寝てるんだ!いい加減起きろ!」


ゆさゆさと揺さぶって、大声で呼ぶ。
体に直接刺激を与え続ける。
はじめは軽く、次第に強く。
緩急を加えながら揺さぶると、円堂の眉間に皺が寄った。


「…んぁ、」


口からなんとも間抜けな声が漏れて、円堂がうすら、と目を開ける。
ここからが勝負だ、と言わんばかりに俺は一層まくし立てる。


「起きろ円堂、さもないとお前の分のすいか、食っちまうぞ?」


いいのか?と揺さぶるのを止めて円堂の顔をより一層覗き込んだ。
先ほどよりかは少しだけ開いた目が俺を視界に捉える。
しかし頭はまだ起きていないようで、ぼんやりとした円堂は、またその瞼を閉じようとした。
これはまずい、と揺さぶりを再開する。


「えーんーどー、起きろー」
「………かぜ、まる…うるさい…」
「うるさいっておま…うあ…っ!」


折角起こしてやっているというのにうるさいとは何事だ、と反論しようとしたら、円堂の腕が俺目掛けてにゅっと伸びてきて。
がっしりと俺の頭を捕獲すると円堂の胸あたりに引き寄せられた。
どうやら、黙れということらしい。
抵抗を試みるがキーパーのキャッチ力は伊達じゃない。
ぴくりとも動かない頭をどうにかしようと腕で円堂の体を押す。


「円、堂っ!は、な、せっ!」


眼前に広がる円堂に少々心拍数をあげてしまう自分が恨めしい。
円堂の匂いが鼻孔をくすぐって辛い。
懸命に暴れるとどうやらやっとお目覚めのようで、俺の頭を抱えたまま起きあがろうとする。
首が変な方向に曲がる。
痛い。


「えん、ど、痛い痛いっ!」
「え、うわ、悪い!」


どうやら今までのは完全に寝ぼけていたようでバシバシと背中を叩くことによってやっと目覚めたらしい。
急いで手をのけた円堂だったが俺はなんだか面倒になってそのまま頭の位置を少し上の円堂の肩に置く。体も円堂にぺたりとくっつけるようにベッドに登る。


「……円堂、おはよう。」
「え!あ、ぁ??…おはよう、風丸。」


ざまぁみろ、なかなか起きなかったのと俺の心拍数をあげた罰だ。
精々動揺してろ!
動揺して右往左往している円堂から今度は潔く離れる。


「円堂、すいか食べに行くぞ。」


そう言って、俺がドアのところまで歩いていくと後ろから円堂の声がした。


「サッカーない日も悪くないな。」
「…なんでだ?」
「風丸が起こしに来てくれるからさ!」


思わず振り向いてしまった先には満面の笑みの円堂がいて。
ああ、もう、このたらし!
少し動揺しながら、俺に起こされる前に自分で起きれるようになれ!と円堂の頭をおもいきり叩いたのだった。




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