おいしくいただきます










暑い日にはアイスに限る、と風介は言った。
右手にバニラアイスを持ちながら、もぐもぐと口を動かしながら言う。
だがしかし、コイツに至っては年がら年中どんなに暑かろーが寒かろーがアイス食ってる気がするのは多分きっと気の所為じゃない。
きっと冬になったら「冬にこたつでアイスは最高の贅沢」とか言いだすに違いないのだ。
つか、言ってた。


「なんだ、そんなに見て。」


じーっと観察しているとどうやらばれたようでアイスを食べる手を止める。
不思議そうに涼やかな顔でそういう風介は、酷く幸せそうであった。
そりゃそうか、アイス持ってるもんな。
昔から異常なアイス好きなのである。


「いや、腹壊さねーのかな、と。」
「壊さないね、常日頃から鍛えてるから。」


自信満々にそういう風介だが、三日ほど前に腹を下していたことを俺はバッチリ記憶している。
というか、腹を鍛えるってどういうことか。
腹筋か。
腹筋したら腹壊さなくなんのか。
絶対そんなの無理だろ。
頭の中で盛大なツッコミと盛大な反論を並べ立てていると風介がああ、と言った後すごくあくどい笑みを浮かべる。


「君、まさか欲しいの?」


そう言って何故か俺を小馬鹿にするように右手のアイスをぷらぷらとちらつかせる。
ずっと見てたからそう思われたのだろうが、俺は生憎アイスはあまり好きではなく。
どっちかというとこう暑いと炭酸が飲みたくなる性分なのだ。


「いや、いらね。」


きっぱりと断ってやるとまだ何か悪だくみしている風介。
こいつは普段冷静な癖して、悪いことを考えるときはとことん悪い顔をするのだ。
今もとてつもなく悪い顔をしている風介をガン見しながら今から何か来るであろうその何かについてどうやってかわそうか、それとも逃げようか、と考える。
しかし一歩遅かったらしく風介のそれはそれは冷たい左手によって俺の腕はホールドされてしまった。


「いや、遠慮するな。ほら、あーん。」


あーんてお前…!と絶句する。
一体俺たちは幾つだと思っていやがる。
小さい頃なら甘んじて受け入れたが、今は断固、拒否だ!
口を開かず拒否の姿勢でそれを受け入れる。
だがしかし、風介はより一層、笑うのだ。
これは不味いと上体を捻るより先に、風介がぐいぐいと口にアイスを押しつけてくる。
その質量は、俺の唇の熱で溶けて、俺の口を開く前に液体になる。
それをさも楽しいものでも見るかのようにぐりぐりと押し付ける風介。


「どうした、早く口を開かないとべったべただぞ。」


底意地の悪い笑顔を浮かべながらそんなことを言ってのけたので、ああこれは俺が拒否すればするほど、面白がられると長年の経験がそう判断した。
しょうがない、と素直に口を開けると今まで勢いよく押し付けていたものだから喉の奥にこれまた勢いよく突き刺さるのだった。
当然、噎せた。
自然と涙目になって、でも溶けていくアイスになんだか少し心地いい。
なんだかんだで俺も暑かったのだ。
そして全部溶けたアイスの棒だけをすっと抜き取る。
満足そうな顔をしている目の前の風介に少しだけ苛立ちを感じる。


「…おまえな、」
「もったいない。」


俺が何か言おうとすると上から言葉で塗り返されて、顔がどんどん近付いてくる。
これは、不味い、と思ったと同時に口元をべろり、と舐められた。
口の端についた白を、風介がべろりべろりとゆっくり舐めてくる。
正直なところ、情事を思い出して少し嫌だ。
でもどうにも無意味に力が抜けてしまった体が、もっと嫌だった。
俺が期待してるみたいじゃねえか。


「…ん、晴矢、綺麗になった。」


そう言って離れた風介は自身の唇を一周ぺロリ、と舐める。
そして両手を俺の前で合わせて「ごちそうさま」ときちんと食事終了の挨拶をした。
おいおまえ、ふざけんな。


「てめえ、なにして…っ!!」


無駄に上ずってしまった声が情けないと思うと羞恥で顔が赤くなる。
口周りのべたつきはなくなったが、鏡を見なくても風介の唾液が付着していることくらいわかる。
腕につけたリストバンドで乱雑に口元をぬぐい去り、威嚇の意味も込めて風介を睨みつける。
すると風介は全てを悟ったように笑って。
どうにも不愉快な俺は頭がうまくまわらず睨みつけたままの姿勢を保つ。


「…晴矢、君、欲張りだな。」


そういう風介になんのこっちゃな俺は頭に大量のはてなマークを噴出されながら風介の様子をうかがう。
すると再び近づいてくる風介の顔に逃げだそうと腰を浮かせると肩を掴んで地面に引き戻される。
そして今度は唇に風介の唇が当たって、キスをされる。
ゆっくりとそれは離され、とてもいい笑顔で。
そして丁寧に両手を合わせていうのだ。


「いただきます。」




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