12時過ぎのシンデレラ 3










暫くなんだかんだで源田とのメールのやりとりと順調に続けている自分がいた。
部活が終わって、家に帰ってから源田と毎日他愛ないメールを続ける日々。
それがどうにも、不覚にも、俺の楽しみの一つとなっているようだった。
親にも「何そわそわしてるんだ」と不思議がられる始末で、俺はどうにも結構今の状況を楽しんでいるらしい。
メールをしだして、気付いたことはまだあった。
源田はやっぱり優しい男だということ。
夜遅くまでメールをしていると「明日は大丈夫か?」だの「もう寝ないと明日起きれないぞ」だの大体俺を心配してくる。
おかん体質なのは知っていたけれど、メール文面の口調もずっと穏やかで、俺のくだらない作り話もきちんと返信してくれる。
それに源田は見た目かなりの男前だから、優しくてあの風貌ではそりゃさぞ女子にはもてるだろう。
そりゃどこか抜けたところはあるやつだけど、それすらも「あの見た目で、可愛い!」ってなる女子の気持ちが少しだけ分かった。
源田が無駄にもてる謎が少し解明されたのだった。


「おはよう、佐久間。」


朝、靴箱から靴を取り出していると後ろから声をかけられ思わずびくりと肩が跳ねる。
後ろを恐る恐る振り向くと、源田が不思議そうな顔をして立っていたものだから肝が冷えた。
先程まで源田のことを考えながら(少し語弊はあるけれど)歩いていただけに、タイミング良すぎるこの男に少々びっくりしただけだ。


「…はよ。」


なんとか挨拶を返し、靴を外履きから上履きに履きかえる。
俺の挨拶に源田はにこりと微笑んで、俺の隣に並んだ。
やっぱり源田は大きい、と思う。
背が高くて体格もよくて、適度についた筋肉は同い年の男子からすればとても羨ましいものだと思う。
綺麗な整った顔はやっぱり横から見ても綺麗で、人当たりのよさそうな目元は人を引き付ける何かを持っている、と思う。
手だって大きいし、あの手に包まれるとひとたまりもないんだろう。


「…佐久間?」
「え、なに」
「さっきから俺をじーっとみて、どうした。」


具合でも悪いのか?とどこまでお人よしな源田にはっと我に返る。
どうやら履き替えてそのまま、全力で源田を観察していたようだ。
慌てて視線をそらせて「それはない」というと源田は「そうかそれならよかった」といって笑うのだった。
ちらりと見た源田の顔を、正直俺はそのとき、見惚れてしまっていた。


「はよーっす。」


後ろから辺見の声が聞こえて我に返る。
制服のポケットに手を突っ込んで、鞄をヤンキー持ちしている辺見がずずいと俺たちの間に割って入ってきた。


「おはよう、辺見。」
「おう、おはよ。こんな朝っぱらから野郎同士見つめあって何してんだ。」


気持ち悪いぞ、と顔を顰めて源田と話す辺見。
見つめあってたっておまえ、と思ったが、確かにその通りである。
確かに俺は、源田を見ていた、のだ。
少々二人には聞こえない程度にため息をついて先に廊下を歩きだす。
後ろで二人が何か言ってきたように思えたがとりあえず無視した。


源田を見ていた、という事実はどうにも俺を打ちのめす。
男を見て何が楽しいんだ何が。
どうせなら女子(年上でグラマーなら尚良し)とかをみていたいものである。
俺だって年頃の中学生男子なのだから。
けれど、部活中もふと気付くと源田を目で追っている自分に気付いた。
何かと源田が視界に入っていたり、ぼーっと眺めていたりしていて、源田と目があっては何故かあいつは手を振ってくるので睨みつけてやった。
いや、睨みつけるのが間違いだとはわかってはいるんだが。
そもそも見てるのは俺なのに、つか、なんつーか。
いやでも、なんというか、新鮮というか。
あまり源田を見る、ということは今までなかった気がする。
確かに仲はいいが、ゴールキーパーなんてものは俺たちの後ろにいるのは当たり前なのである。
だから、新鮮。
いやだがしかし、先に言った通り、俺は健全な、至極健全な、男子中学生なのである。


「………はあ」


と大きくため息をつく。
今は部室で俺以外のやつらはシャワーを浴びているからまあなんら問題はない。
汗で纏わりつくユニフォームをなんとかして脱ぎ、ロッカーに放り投げる。


「佐久間、シャワー浴びないのか。」
「………ん、ああ、もう直ぐ帰るし。」


背後からまた俺の悩みの種の源田の声がして、どうにも居た堪れないというかなんというか。
適当に返事をしてワイシャツに手を伸ばす。
その前にと首に巻いたタオルで体中の汗を拭く。
ふと源田が視界に入る。
いや、今回は俺が見ているんじゃなくて源田が俺の視界に入ってきた、というほうが正しい。
源田は何か言いたげな顔をしていたがとりあえず無視してワイシャツに腕を通した。
やっぱりシャワーは浴びるべきだった…と、思う。
べたつく肌にさらさらとしたワイシャツはとても不快だった。


「佐久間、」


ふと俺の名前を呼ぶものだから顔を上げて何、と短く源田に告げた。
気付いたら先程よりもっともっと近づいてきていた源田に少しだけ驚く。
心配そうな顔で俺を見る源田に、ああ、何か感づかれたのか。と思った。
こいつはそういう男である。


「今日、元気ないがどうしたんだ。」


お前の所為だよ、と言えたらどんなに楽か。
だがしかし、このもやもやとしたよくわからんものはどうにも自分で決着をつけねばならんと思う。


「別に?いつも通りだけど。」
「そうか…?ならいいんだが…。」


なんともないと平静を装って応えると源田もそれ以上は詮索してくることはなかった。
内心俺は非常に安堵していたのだ。
正直、今、源田と話をする気分にはなれない。
全ての服を着終わった俺はとりあえず部室を出ようと鞄を背負う。
制服のスラックスに入ったままだった携帯を取り出して、確認する。


「え…」


新着メールの点滅とともに、そこには名前が記されているのだった。
『源田』と。
今横にいる源田からなのである。
何時の間に送ったんだとか、そういうことではなくて、これが俺じゃないほうの俺宛てなら流石にここでみるのはまずい。


「…っ!じゃ、源田、また、明日っ!」
「おう、気を付けてかえれよ。」


中身が気になりすぎてとぎれとぎれになった帰りの挨拶。
途中で足をぶつけながらなんとか部室から撤退して校門まで走った。
練習後の疲れなんて吹っ飛んでいて、校門まで走って急いでメールの確認をする。
そしてそのメール内容に俺はまたもや頭を抱えることになるのだった。




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