あまいのちょうだい










「風丸くん、風丸くん、一口頂戴。」


そういって俺が肯定する前に奪い取る。
苺牛乳。
学校の自販で110円也。
ストローを通るピンク色の液体。
どんどん上にあがって行ってそれは吹雪の喉を鳴らした。


「ありがとう、おいしいね。」


はいとかろやかに笑って返してくるそのパックを受け取った。
多少中身が減ったのか、軽くなったのか、よくわからなかったから、吹雪が飲んだ量は少量だったのだろう。


「でも意外だなぁ」
「…何が?」
「それ。」


と指差したのはその苺牛乳。
風丸くんはもっと男らしいものを飲むんだと思ってた、例えばコーラとか。続ける。
ああ、俺はそんな印象を人に持たれているのか。
と妙に関心した。


「疲れた時って欲しくなるじゃないか、甘いもの。」

実際練習後で体はバテバテである。
疲れた体は糖分を欲していて、いや正確にはほかの要素なのだろうけれど、無性に欲しくなったときに目についたのがこの苺牛乳だっただけだ。
まあ普段から飲んでいるわけじゃないし、正直なところ常日頃ならコーラのほうが好きだ。
いやまあ飲み物で一番何が何が好き?と言われると断然紅茶なんだけど。
首に巻いたタオルで汗を拭きながらあー確かに、僕も今そうだった、と吹雪は肯定した。


「…なんで甘いもの、なんだろうねえ。」
「はは、吹雪、そんなこと気になるのか?」
「うーん、気になるのはそっちじゃないかな。」


困ったように首を傾げて笑う様は可憐で可愛らしい。
苺牛乳なんて可愛らしくて甘いものが似合うのは女子と吹雪くらいなものだろうななんて思う。
突如ぐいと吹雪が距離を縮めてきた。
それがあまりにも近すぎるので後ずさるとそのままどんどん俺のほうに寄ってくる。
あっという間に壁際のまだグラウンドで片づけをしているやつらの死角になる部分に追い込まれた。


「例えば、ね。」


少し俺より小さい吹雪が背伸びをする。
顔が通常時よりも近くて吹雪の息がかかった。
そう言いながら両の掌をそれに対応する左右の肩に置き、続ける。


「食べ物以外の『甘いもの』って、疲れ取れるのかな。」
「え?」


食べ物以外の『甘いもの』なんて見当もつかなくて思わず間抜けな顔をしてしまう。それが可笑しかったのかくすりと吹雪が笑った。
吹雪の長くて白い睫毛が呼応して揺れる。
あ、可愛い。
そう思った瞬間だった。
垂れた大きい瞳が、獰猛なそれに変わった。
それを見たとき、自分の中に何か痺れるようなもを感じた。
アツヤはいなくなったはずだ。
だからこれは吹雪が内に持つ、猛々しい何かだった。
その瞳に魅入られていると気付くと俺たちの距離はあと3mmというところまで来ていて、あ、と思う時には0になっていた。


「………っ!」


それは一瞬だった。
距離が離れた頃には吹雪のその獰猛さも影を顰めていて、それはそれは可愛らしく、お茶目に笑うのだった。
でもその笑みに照れはない。
さも自然に、あたかもこうするのが当たり前、だったように笑うのだ。


「『甘いキス』、とか。」


どうかな?と少し距離を置いて首を傾げた。
あー、俺のファーストキス、だのまさか吹雪に、だの思うところはいっぱいあったが、俺はやっとのことで口にする。


「余計疲れた。」
「ははは、だろうね。」


だって風丸くん、はじめてだったんでしょ?と簡単に言うもんだから、なんだかどうでもよくなってうん、と頷いた。




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