12時過ぎのシンデレラ 1










視線を痛いほど…感じる気がする。
自意識過剰なわけでは、ない、断じて。
普段は気にならないすれ違う人たちとの視線が妙に気になるのだ。
いや、実際後ろからは約三名、俺のことを観察しながら一定距離を置いてついてきているから勘違いってわけでもないのだが。
事の発端は一週間前である。
俺、辺見、成神、洞面の四人で大富豪をしていた。
そして俺はあろうことかボロ負けしたわけだ。
要するに罰ゲーム中なのであった。
簡単に説明するとこんな感じなのだった。
そしてその罰ゲームの内容とは今の現状の通りである。


(女装で源田を逆ナンってどういうことだよ…)


実際にその時になったらトンズラしてやろう、FWの脚力、なめんなよ、と特に気にしないでいた。
だがやつらはそろって本気だったようで、まさかメイクとかスタイリングをしてもらうために鬼道さんの妹を連れてくるとは思わなかった。
俺が鬼道さんに弱いことを奴らは知り尽くしていたらしい。
すごい可愛らしく良い笑顔で「覚悟、してくださいね」と語尾にハートマークがついたような言い方は、普段なら絶対可愛いなあとしか思わないはずなのに、今回は背後に邪悪な何かを感じて背筋が凍った。
髪を綺麗に結いあがられ、高い位置でのポニーテール。
夏らしく、と可愛らしい爽やかな色のシュシュでまとめられたそれ。
眼帯は潔く外されて、顔には誰かわからぬよう結構なメイク。
ナチュラルなメイクにもかかわらず、鏡で見たとき自分が誰か一瞬疑った。
女の子って怖い。
そしてサッカーで鍛えた足がばれぬように胸元を締めてそれより下はふんわりとしたシルエットのマキシ丈ワンピース。
その上から体のラインをより一層隠すために薄手のカーディガンを着用。
ワンピースの下にはスパッツ?いや違う、トレンカ?なるものを着させられている。
江頭じゃねーんだからというと鬼道さんの妹に懇懇と叱られた。
っていうか急いで穿いたからポジションが最高に悪い。
そして足元は少しヒールの高いミュールだ。
少々歩きづらい。


そんな周りからみたら確実にドン引かれること請け合いな俺は、つかつかと歩きながら休みの日に源田が訪れるという噂の(発信源は成神)本屋へと足早に向かうのだった。
もうはやく帰って寝たい。
それか今日の災難を鬼道さんに電話して聞いてもらって慰めてほしい。
その一心でその場所に向かう。
今度会ったらびっくりするほど優しくするからどうかいませんように。
心の中でそう祈りながら歩く。
目的地まではあと少し。
心臓が痛すぎる。
カツカツとヒールを鳴らし、あと少し、あと少し。


「うあ…っ!?」


その時だった。
歩きなれないミュール、プライスレス。
足首がぐきっと変な方向に曲がる。
痛い、そしてこれはまずい。
このままだと間違いなく地面に激突、俺終了である。
痛い女装野郎が慣れない靴でこけるなんて一体どういうお笑いネタなんだ。
俺が卒業した後でもきっと「女装して街中でずっこけて痛い目見た痛い先輩がいた」という噂が帝国学園内で噂され続けるに違いない、そうに決まってる。
覚悟を決めて目をつぶる。
しかしいつまでたっても体は地面に到達しなかった。


「大丈夫ですか…?」


聞き覚えのある声に見覚えのある腕。
地面に到達する前に体をしっかり抱きとめられていた。
すごく嫌な予感が背筋を凍らせる。
まさか、まさか、おいおいまさかな…そんな漫画みたいなことあってたまるか。
源田は空気読めない子だぞ、こんなナイスタイミングにあらわれるわけないじゃないか。
ないないないない、源田なわけない。
恐る恐るこちらの顔が見えないようにちらりと相手の顔を見る。


まごうことなき、源田幸次郎その人であった。


「あの、」
「げ…っ!!!??」
「げ?」


慌てて口を押さえる。
あと少しで「源田」と馬鹿正直に呼んでしまうところだった。
いや、寧ろもう体に触れられた時点で男だということはばれてしまったかもしれない。
急いで抱きとめられて密着していた源田から体を離す。
めくれ上がったワンピースもはたいて直す。
そして今度こそきちんと顔をあげると不思議そうな心配そうな顔をした源田と目があった。
そしてその後方であほみたいな隠れ方をした辺見たちが何かスケッチブックのようなものを出している。
目を凝らしてよくみるとどうやらカンペのようだ。


『そのままお礼したいからってデートに誘え』


「…はぁっ!?」
「……っ!?」


目の前で源田がびくっと震えた。
おっといけねえとこほんと咳払いをする。
あとであいつら殺す殺す殺す。
だがしかし、罰ゲームは罰ゲーム。
もし源田にばれていたとしても逆ナンは必須事項である。
やる、といったからには男に二言はない。
さっさとやって、さっさと笑われて、さっさと帰って鬼道さんに電話をする!よし、それだ!


「助けてくれてありがとう。」
「いや、別に…。」
「お礼にお茶でもどうかな?勿論私の奢り。」


自分で言っといてサブイボがでるのをとめられない。
まだ成長途中の声を出来るだけ最大限高く出し、出来るだけ女子に見えるように口元に手をやって内股、上目遣いである。
産まれてこのかた14年、正直なところこんなにもきもい自分を見たことがない。
変な汗が背筋を伝う。
あとでこのワンピースはクリーニングに出すことに今決定した。
さあ、笑え、源田。
笑っていいんだぞ、情けなんか無用だ。
でも源田は困ったような、優しい笑みを俺に向けたのだった。


「是非。」


後ろで笑いをこらえていたあほ三人が、目ん玉ひんむく姿が最高に笑えた。
そしてこの目の前のもう一人の鈍いあほにも別の意味で笑うしかなかった。



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