休息中の夢現













照りつける太陽は容赦がなかった。
22人が立つ広いフィールドも例外ではなく、ギラギラと頭上で輝いて主張する。
絶え間なく流れ落ちる汗に、苛立ちばかりが募る。


(あとすこし、)


練習試合が終わるまで、あと五分。
それまで持ってくれと己の体を叱咤する。
くらくらする頭は当に限界を越える寸前だと明確に告げている。
だが倒れるなら、どうせ倒れるなら試合が終わってからにしてほしい。
ひとりでいるときにしてほしい。
他人に弱みを見せるくらいなら死んだ方がマシだ。


「不動っ!頼んだ!」


何処からともなく円堂が自分の名を呼ぶ声が聞こえる。
振り向けばそこには飛んでくるボール。
それは、二つにも、三つにも見えた。


(…や、べ…)


チカチカと脳を支配する白。
不愉快な色を残して張りつめていた精神は限界値を突破した。
そして、暗転する。



ふわふわと浮遊する。
暖かい何かにつつまれて、夢現。
ただでもそれは酷く無機質で、暖かく、冷たかった。
そのときだった、ふいに何か別の温かいものに触れたのだ。
涙腺を揺するそれは一体何なのか。
鼻の奥がツンとして、熱くて熱くて堪らない。
何を泣いている。
弱さをみせてどうする。
世の中は弱肉強食、弱者に未来なんてない。
地位と名誉にだけ縋っていればいいのだ。
どんな手を使っても手にいれなければならない優先事項はそれなのに。
この温もりに縋りたいと思ってしまうこの心は、酷く脆くて弱い。


(かあ…、さん…)


夢の中ですら叶ってはならぬ。
なのにあの頃の、全てが驚く程うまく回っていたあの頃を思い出してしまう。


(…とうさん、かあさん、)


「助けてほしい」そう発っしそうになった瞬間、視界には見覚えのある天井が映った。
ぼんやりとした頭は瞬時に全てを理解する。
試合中に暑さに負けて倒れたのだろう。
それ特有の現象のように頭はさほど普段より働かない。
視界もぼやけて覚束無い。
ぎこちなくベッドの脇に視線をやると、そこには見覚えのある顔が見て取れた。


「…起きたか、不動。」


泥のついたユニフォームのまま、傍らに座るドレッド。
その少し幼い手は、俺の白い手をぎゅっと握っていた。(…これか、)


誰かに手を握られたのはいつぶりだろう。
先程の心を揺さぶる温もりはこれだったのだ。
触れていない方の手が、困惑したように揺れ、ひと呼吸置いたあと無言で俺の頬を擦る。
じわりじわりと浸食する熱。
俺は現実でも、泣いているのか。
だるい体ではいつもの調子で悪態をつくことも叶わず、ただじっと鬼道の顔をみることしかできなかった。
ゴーグルの奥の目は酷く、残酷なまでに穏やかだった。
全て見透かされているような気がして、恐ろしかった。
否、恐ろしく、安心しきってしまっていた。
どうせ失ってしまうなら、気付かないほうがよかったのに。
安堵や、幸福や、愛情なんて、弱者の前では無に等しいのに。
直ぐに崩れ去る偶像なんて俺には必要ないのに。
分かっているのになんて浅はかで愚かなのだろう。
でも今は優しく頬を撫でる指先や、握る温かい手のひら、それに縋っていたいと思っている自分がいるのだ。


「…疲れているだろう、今は休め。」


ああそうさ、俺は今猛烈に疲れている。
お言葉に甘えて、今は沈む。
起きたら何事もなかったかのように噛みついてやろう。
罵詈雑言を並べて、嫌みったらしく笑ってやるのだ。


「…鬼道、」


意識が再び沈む前に、いい夢がみれますように、この夢のような現実でお前の名を最後に呼ぶのだ。




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