中学生にはまだ早い












今日のお日さま園はとても静かだった。
というのも、小さい子たちは瞳子さんが揃って公園に連れて行ってしまったし、他のメンバーは普通に遊びに行ってしまった。
普段にぎやかな園が、誰もいなくてしーんとしていて、変な感じだな〜と思いながらダイニングテーブルでぐでーっとだれている。
俺も一緒に行けばよかったかなあと思いつつ、なんとなく今日は園にいたいからと断った自分を呪う。


「あれ、緑川?」
「…ヒロト?」


だれた自分の目線に突如入ってきた赤。
誰もいないものだと思っていたけれど、どうやらヒロトが残っていたようだ。
にこやかに近寄ってくるヒロト、しかし手にはとても不釣り合いなものが握られていた。
包丁である。
あ、もちろんおもちゃのプラスチックの。


「ヒロト、それ…」


なに?と聞こうとしてそれを遮るようにヒロトが爽やかに耳を疑う言葉を言い放ったのだった。


「緑川、ままごと、しない?」


流れとしてはこうらしい。
公園に行った小さい子たちがおままごとの道具を放置したまま出て行ってしまったらしい。
それを片づけようと思っておもちゃ箱に詰め込んでいるときに懐かしくなってきて、どうせ今人がいないのだから今のうちにしてしまおう、と俺を探していたらしい。
昔よくやったよ、やったさ。
昔やったけど今もう僕らは中学生なのにままごとなんて…いや、やるけど。
何事にもノリって大事だよね。
とりあえず二人しかいないってことで『旦那』と『妻』という二つの役割を用意した。
そしてかつての俺たちならそれでおわっていたかもしれないが今は違う。
なんたって中学生、まさかの中学生なのである。
無駄に設定を盛り込んで、「どうせやるなら新婚さんにしよう」というどうでもいい結論が付け加えられた。
そして潔くじゃんけんで、とじゃんけんして俺は負けて『妻』役なのである。
じゃあ今から開始ね、と颯爽と部屋を出ていくヒロト。
俺も俺でヒロトが帰ってくる前に、とそこらへんにあったエプロンをつけておく。
多分砂木沼さんのとかかな?いやそれにしてもシンプルだけど可愛らしいから女の子のかもしれない。
そっと拝借してつけてあたかも旦那の帰りを待ってる女房ですよ?といわんばかりにマジックテープで着脱可能なおもちゃの野菜をこれまたおもちゃの包丁でぶったぎる。
…それにしてもヒロト、遅くないか?


「リュウジ、ただいま。」


噂をすればなんとやら、とはよくいう。
背後に感じる気配。
ナイスタイミングで入ってきたヒロトだろう、っていうか今、名前で呼んだ…!?
普段名前で呼ばれることが少ない俺にとってはとても恥ずかしい。
無駄に照れる。
熱くなった顔を手のひらであおいで冷ましながら振り返る。


「おかえりヒロ…ってえええええええ!?」
「どうしたの?」
「いや、あの、その、」


見た瞬間にヒロトが帰ってくるのが遅かった理由がわかった。
ヒロトは先程まできていた服を脱いでいたのだった。
いや、齟齬がないようにいっておくが全裸とかそういうわけではない。
全身黒尽くめ、そう、スーツを着ていたのである。
誰の?とか全力過ぎるだろ?とか言いたいことはいっぱいあったんだけど、う…同性目にみても…悔しいことに似合っている。
細身のスーツは細身のヒロトの体にぴしっと決まっていて、少々動揺してしまう。


「…あ、えっと、その、おかえりなさい…。」


動揺しながらもとりあえずお決まりのセリフを言う。
落ちつけ落ち着け心頭滅却心頭滅却と動揺を隠そうとするとぽんと頭に手を置かれた。
そしてまたゆるりと至極幸せそうな顔で笑う。


「ただいま。」


顔にまた熱が集まってくるのがわかった。
今日はどうした、おかしいぞ、俺!
スーツっていうのはどうにも破壊力が強いらしい。
こんなにも動揺させられて追いつめられるなんて。
ここで負けては男がすたる…いや勝負ごとじゃないけど、なんだか負けられない気がして。
一度はヒロトを呆気に取って見せる。
すくっと立ち上がり、息を吸う。
よし、言うぞ。


「ヒロト、」
「ん?」
「ご飯にする?お風呂にする?それとも、俺?」


すらすらすらと一気に言ってからどうだ!言ってやったぞ!とヒロトの顔をちらりとみる。
勿論、口元に手を当てて、あたかも恥じらっているように言い放った。
何事も全力で。それが俺のモットーだ。
ヒロトは一瞬目を見開き驚いたような顔をした。
そしてふふと笑うとネクタイを解く。
その姿が中学生とは思えないほど、色っぽい。
解いたかと思うとネクタイをその場に捨てて、首元を緩める。
そのまま手を俺の腰に巻きつけ…って、ヒロト、何やってんだ。
俺の耳元に顔を近づけたかと思うと、その妙に艶っぽい声で、囁く。


「もちろん、おまえだよ。」


うああああと言葉じゃない声が思わず漏れてしまった。
不覚だ!不覚だ!と頭の中で反芻する。
まさかこういう返しをされると思わなかったからだ。
あうあうと口をぱくぱくさせて、何とも情けない。
今日はというかいつもヒロトに翻弄されっぱなしだ。
ヒロトの息が耳にかかってくすぐったい。
でもそれは全然いやではなくて、寧ろ心地いい。
将来本当にこんなことが出来たらいいな、などと自然と頭で考えてしまう自分がいる。
俺ってこんな乙女だったっけ。
ぎゅっと抱きしめられて、所在のない両手をヒロトの背中にまわそうと浮かす。
流されるのもいいよね。
そのときだった。



「「「ただいまー!!!」」」」



どうやら園の子たちが帰ってきたらしい。
慌ててヒロトから離れる。
少し名残惜しいけれど仕方ない。
どかどかと俺たちのいる部屋に入ってくる子たち。
ヒロトや俺の格好を見て皆興味深深だ。


「おかえり。」
「ただいまー、なんでにいちゃんたちそんなかっこしてるのー?」
「えっとね、…」


とヒロトが会話を続けているうちにエプロンを脱いで畳んでしまう。
少しの時間しかしてなかったおままごとだけど散々だったな。
と少々ため息をつきつつ。
園の子たちが勝手に遊び出したころ、ヒロトもスーツの上着を脱いでいた。
とりあえず騒がしくなってきたから部屋に戻ろうと扉のほうに向かう。


「緑川、」
「ん、なに?」


すれ違い様に、肩に手を置いて、こう言ってのけたのだった。


「続きは夜ね。」


その言葉がわからない程俺だって子供じゃないわけで。
おままごとをするには遅すぎるけど、実践は早すぎるだろ!と真っ赤になった顔をどうごまかすか必死だった。




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