よくわからない










風丸さんは、すごくきれいだ。
走っているフォームも勿論のこと、僕はその横顔がとても好きだった。
サッカーのグラウンドを隅々まで走り抜ける風丸さんを、フェンス越しに見つめる。
ずっとその横顔を見ていると僕のほうに気づいたらしい風丸さんが、僕に柔らかな笑顔を向ける。
どきりと心臓が高鳴って、顔に熱が集まる。
好きなんだなあ…とじーんと響くその余韻に、右手で服を掴んで耐える。
下を向いて、瞼を閉じて、さっきの風丸さんの笑顔を思い浮かべながら恥ずかしくてでも緩んだ口元は元に戻らない。


「宮坂?」

「うぇ…っひゃい!?」


いつの間にか僕のところによってきていた風丸さんが僕を覗きこんでいた。
思わず変な声を出してしまって、後ろにのけぞると変な奴だなとまた笑った。
先ほどより近いその笑顔に、鼓動は止まるどころかどんどんどんどん大きくなって。
近いです、風丸さん。
でも本当はもっと近くにいたいんです。
サッカー部になんて、本当は行って欲しくないのに。
距離がどんどん離れて、どうしようもなくもどかしいけれど、サッカーをしている風丸さんはとても楽しそうで。
どうにも、どうにもそのことは、言えない。
言えないことはたくさんあって、言えることは少なくて。


「あのっ、風丸さんっ」


とまらない鼓動ともやもやとした思考に邪魔されて、語尾が跳ね上がるのをとめられない。
でも精一杯、「がんばってください」とだけ、伝える。
するとふいに頭の上にぽん、と風丸さんの手が乗る。


「ありがとう。」


そういって一番、綺麗に笑うものだから、もう僕の緊張はピークに。
うるさい音が聞こえていないか、心配になって、でもどうしてもその風丸さんの顔から目が離せなくて。
きらきらとそんなものはどこにもないのにフィルターが一枚間に入っているような、普通の人より幾分綺麗な顔の風丸さんの長い睫毛や、風に揺れる長い髪、綺麗な瞳をまじまじと、見詰めてしまう。
唇が震えて、次の言葉が出てこない。
風丸さんが陸上部にいたときはこんなことは絶対なかったのに。
なんでだろう。
距離?
距離を、感じているから?


「お前も頑張れよ。」


ぽんぽん、と二回。
頭を軽く叩かれて、手が離れる。
少し名残惜しさを感じながら、その手を目で追う。
前まで日常だったその行為も、今ではなかなかしてもらえない。
どうにも寂しくなってしまって、風丸さんのその離れていく腕を掴んでしまった。


「宮坂…?」


言わなければ、伝えなければ気付かれないことだって、わかってる。
でも言ってしまえばきっと、風丸さんを困らせてしまう。
前のように、自分の想いだけを伝えてしまえば、もっともっと前よりも困るに違いないのだ。
今だって、この掴んだ手は風丸さんを困らせる要因のひとつでしかないのに。
不思議そうに僕の顔を見る風丸さんの目。
それが直視できない。
ごめんなさい、ごめんなさい。
僕は、とても欲張りなんです。


「かぜまるさ…っ、あの…っ」


言うんじゃない、言うんじゃない。
自制心というものは、どうしてこんなにも役に立たないんだろう。
震える唇で徐々に、言いそうになってる自分がとても腹正しい。


「宮坂、」


ぎゅ、と風丸さんの腕を掴んだ手を、風丸さんのもう片方の手で握られた。
ああ、もう爆発しそうだ。
もやもやとした想いも、このどきどき感も、全て、弾け飛んでしまえばいいのに。
見つめられる優しい目線にどうにも、耐えられなくて、目を背ける。
次に風丸さんの口から出る言葉が、少しだけ怖くて。


「日曜、あいてるか?」


思いがけない言葉に、弾む。
期待してはいけない、と思っているけれどとてもそんなことは言ってられない。
小さな声で風丸さんに聞こえるくらいの声であいてますと伝える。


「そのときゆっくり聞くから。」


なにか、言いたいこと、あるんだろと小首を傾げる風丸さんに、どうにも弾む気持ちを抑えられないのだった。
やっぱり、好きです。
大好きなんです。
伝えてもいいんでしょうか。
そのときにはどっちの気持ちも楽になるのだろうか。





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