はらがいたい









昼休みの図書室、午後のまったりゆったりとした休み時間である。
皆が静かに本を読むこの場で、隅のほうで低く唸る声が聞こえた。
俺の声である。


「………胃が…痛い。」

「…ほう。」

「………腸がぐるぐるする。」

「…それで?」

「………お前の…っせい…だ…っ!」


完璧なる八つ当たりである。
そんなことは俺自身がよく分かっている。
朝から腹の調子が悪かった。
2日くらい前からその兆候があったにはあったのだが。
とりあえず尋常じゃなく痛い、死ぬ、痛くなかったあの頃に帰りたい。
今日は何故か明久と秀吉がセーラー服で登校してきたというのに(何かの罰ゲームらしいが)、俺としたことが腹痛の所為でロクに撮影出来ず。
心底無念だ。
というわけで逃れられないこの痛みを近くにいててっとり早かった根本に押し付けているのだ。
やれやれ、と言わんばかりに俺の恨み事をやんわり交わしつつ呆れかえっている。


「で、それがなんで俺の所為になるんだ?」


ごもっともだ。
だがしかし、『痛い』。
この一言に尽きる。
あまり体調を崩すことが少ない俺は痛みに対する免疫があまりない。
貧血はよくあるけど。
腹痛と貧血は別物だ。
痛いし、とにかく痛いし。
いつも散々俺を突き上げていい思いをしてるんだ。
たまにはこれくらいの我が儘、許されるだろ。
代わってくれなんて言わないから、せめて気を紛らわさせてくれ。
机に突っ伏して右手では前方を掴むように空を掻く。
低く低く唸りながら、眉をしかめる。
今日の俺は今まで一番、駄目な意味で表情豊かに違いない。


「………も…無理…。」


もだもだと手を動かしながら、腹に力を入れる。
助けを求めるように前方に手をぐぐっと突き出す。
も、家に、帰りたい。
帰って正露丸飲んで寝たい。


「……」


腕を組んで顎に手をやりながらそんな俺を楽しそうに見る根本。
こいつはどこまでSなんだ、確実に楽しんでいやがる。
許さん…許さんぞ根本…。
今回ばかりはどうにも、俺の沸点は異常に低いから、仕方ない。
いや、根本に対してはいつも低いかもしれない。


「………根本の、おに…」


ありったけの嫌味をこめて目の前のにやついた男に言葉を投げる。
乱暴に、とぎれとぎれに。
『あほ』だの『馬鹿』だの『鬼畜』だの『イケメンこじらせて死ね』だの思いつく限りの暴言を吐く。
そもそも根本がイケメンかどうかは俺の知ったことではないが、まあ女子に人気がないこともないので多分イケメンの部類に入るだろう、と頭の隅で考える。
あーしょうもないことを考えていたら痛みが治まってきたかもしれない。
いや、まだだけど、だいぶん、楽にな…



ガシッ



前方に出した手を力任せに掴まれた。
予想外のことだったので、思わず上にそのまま引っ張られて立ち上がってしまった。
呆気にとられて一瞬、痛みを忘れてしまったけれど、すぐに思いだして若干の前かがみになる。


「そんなに痛いのか?」


少しだけ、心配した顔をしてくるものだから驚く。
こんな顔もできるのか…とまた呆気にとられてしまう。


「忘れさせてやろうか?」


あ、これはやばい。
逃げたい、逃げたいと頭のなかで警報が鳴る。
酷く意地悪で、いやらしく、先ほどまでの顔が嘘のように、あっという間に変化した顔で笑っている。
これは、まずい、本当に。


「俺、お前いわく『鬼畜』…らしいからなあ。」

「………!!!!!!!!(ブンブンブンブン)」


確実に怒っていらっしゃる、と遠心力で首がぶっ飛ぶんじゃないかと思うほど全力で拒否をアピールしてみる。
しかし掴まれた手が離されることはなく、ずいずい、ずいずい抵抗する力もあまりない俺はどんどん連れて行かれる。
あっという間に図書室から出されて、校門すらも通り抜けていく。
お前、仮にもBクラスの代表だろうが、学校を抜けるだなんてどういう了見だ。
目で訴えるようにぎろりと睨む。
そんな俺を横目にちらりと歩きながら見て根本はとんでもないことを言った。


「腹痛なんて、セックスしてる間に吹っ飛ぶだろ。」


やっぱり、鬼である。
腹だけじゃなくいろんなところが痛くなりそうだ。
…抵抗できないなら仕方ない、と痛い腹をおさえながら、密かに腹を括る俺だった。




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