泡にまみれた攻防戦










ぶくぶく、ぶくり。
目の前に広がる泡は、先ほど入れた入浴剤によってもたらされた泡。
まさかこんなにも出るとは思わなかったけれど、これはこれで、すごく高級感が出るいいものだと思う。
泡を手ですくったり、指でつぶしたり、眺めたり。
いろいろ楽しめるので普段の男子の大多数には億劫で仕方ないであろう風呂も楽しめる。
香りもとてもくどいなんてこともなく、丁度いい。


「康太、ちょっと横、つめて。」


俺がひたすら泡で遊んでいると洗い場で体を洗っていた明久が俺のいる浴槽に侵入してくる。
さほど大きくない風呂桶ではあるけれど、高校生男子が2人はいるくらいには余裕である。
俺と明久は向かい合うように風呂に入る。
明久が体から一応大事なところを隠すように使っていたタオルを引き抜いて、浴槽に沈んだ。
落ち着いて極楽だ、と息をひと吹き。
銭湯等で一緒に入ることはあったが、家庭の風呂で一緒に入るというのは初めてだから少々気恥ずかしいものもないことはない。
だけど目の前の男は特に気にした様子もなく、「お風呂サイコー!」と伸び伸びと腕を空間が許す限り目いっぱい伸ばしていた。


「………明久、風呂好きなのか?」

「うん、好きだよ。滅多に浴槽にお湯、張らないからね。」


極貧生活を送る明久にとっては風呂は希少価値らしい。
一体普段はどうやって日常の汚れを落としているのだろうか。
まさか、入ってない、なんてことはないよな。
と心の隅で思ったが、彼はいつもそんな鼻が曲がるような匂いを発しているどころかほんのりと石鹸の匂いと彼自身の心地いい匂いを放っているではないか、と思い直した。

目の前では泡を手の上にのせて上機嫌に洗い場に向かって泡に息を吹きかけて飛ばしている明久がいた。
ああ、そういう遊びもあったな、とじっと見ているとそれに気付いたのか明久と目が合う。
にこり、と笑う明久の鼻の上に泡が付いていたため、泡まみれの浴槽の中から左手を出して、取ろうとするが…。


「………あ、」


悪化したのであった。
浴槽から出した時点で泡まみれになった手が余計に、明久の鼻に泡を付着させてしまったのだった。
時既に遅し、とはよく言ったものである。
付着させてしまった泡は尋常じゃない程大量で、見事に鼻どころか口元周りまで垂れた泡で彩られてしまっていた。
そんな事態にしたのは自分自身であるのにどうにも我慢ならず、にやり、と笑ってしまう。
明久はどうしたのだろう、と不思議に思った後に、口の中に泡が入ったのだろう、眉をしかめて洗い場に唾と泡を吐き出す。


「康太!なにしてくれてるのさ!」


ぷんぷんという擬音がお似合いな怒り方をする明久がどうにもおかしくて、今度は少しだけ声を出して笑ってしまった。
だって、まだ泡、ついてるし。
どこぞの山奥に住んでる仙人みたいになってるし。
いいから早くのけないとまた口に入るぞ、と言おうと思っていたら早速入ったらしく、また口の中の泡を吐き出している。
予想通り過ぎてまた笑ってしまった。
蛇口をひねってお湯を出し、口元どころか顔全体を豪快に洗い流し、仕返しだ、と言わんばかりに明久は泡を手にとって俺に向かって吹き始めた。


「………あ、あきひさ、やめ…っ!!」

「問答無用…っ!!」


問答無用だなんて言葉を明久が知っていることに驚愕した。
いや、じゃなくて、明久の泡攻撃にどうにも、腕でガードするも心もとない。
視界の隅に入った洗い場にある洗面器を素早く手に取り、ガードすると、明久が「ずるい!」と吠えた。
鉄壁のガード(洗面器)の前になす術をなくしたのか、今度は力ずくで俺からそれを奪おうと膝立ちで躍起になる。
必死にそれを離すまい、と力を込めて握りしめるが、スピードでは俺のほうが勝るけれど、力では少しだけ明久には叶わない。
結構早い段階で洗面器を奪われ、今度は俺のほうがなす術をなくしてしまった。


「どうだ!まいったか!」


という明久の声を聞きながら多少上がってしまった息を整える。
目の前には膝立ちで洗面器を頭上に掲げた明久の上半身が目に入って、恥ずかしいなら隠してしまえの精神で入れた泡が、どうにも逆効果なんじゃないだろうか…と瞬時に考えてしまった。
考えてしまった時点でやっぱり遅くて、どうにも払しょくされた気恥ずかしさが、倍の重量になって帰ってくる。
明久の適度に筋肉のついた引き締まった体が泡によって微妙に隠され、今想像するのはどうだろうといった事柄を無意味に連想させてしまっていた。
鼻血が、出るかもしれない。
と思った時にはやっぱり、やっぱり、遅かった。


「………(ブシャアアアアアア)」

「えええええええええええええええ!?康太!?」


静かに無言で、でも勢いよく鼻血を出す俺に慌てふためく明久。
今明久に近づかれては逆効果に違いないのにどんどんと距離を縮めてくる明久にこれは拷問か…!!!と思う。
風呂に浸かっていたことで血行は異常によく、通常ならそれはとてもいいことなんだろうけれど、今は確実にとても悪いことだった。


「え!?ええ!?のぼせたの!?大丈夫?」


鼻血を止めようと、俺の頬を両手で掴んで上に向かせる。
覗きこむように上から俺を見ていた明久と目が合う。
とんでもなく、近い。


(………辛抱ならん。)


滑る浴槽をぐぐっと手で押して、体を支えて少しだけ、浮かせた。
浮かせた位置が丁度俺と明久の唇が触れる位置だったから。
やってしまったあとにあーあ…と心の中で後悔の念と、してやったりという満足感と。
そして遅い来る羞恥心。
ああ、もう、自分で自分を追い込んでどうするんだ。


「え…あ、えっと、」


口の中の血の味を噛み締めると同時に、明久もさっきまでのあせった様子とは裏腹におとなしくなり、風呂にちゃぽんと浸かって座り込んでしまった。
明久が妙に大人しいので、こちらも一瞬のテンションの上昇は影に隠れてしまった。
ちらり、ちらりとこちらをみるので腕で鼻血を拭いながら少し笑ってみせると、明久は安心したように「へへ」と声に出して笑った。
すっかり赤に染まってしまった泡で体もきっと赤に染まっているだろうから、シャワーを浴びないといけないな、と頭の片隅でのんびりと考えた。





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