垂れる青










雨はしとどに降り注ぐ。
とどまることをしらず、ただいたずらに地面を潤し続けている。
朝から降っていたため傘はもっているけれど、どうにも憂鬱になってしまう。
傘があったところで濡れない保証なんてものはないし、寒しい。
夏なのに…暑くなければ意味はないんじゃないだろうか。
そんなことを思いつつも下校時間だし、早く帰らなければ姉さんがお腹をすかせてまってるに違いないし。
下駄箱に向かうと雨そのものが目の前にくっきり現れる。
と同時に目に入るのは先ほど自分より先に教室を出たはずの、悪友。


「ムッツリーニ、何してるのさ。」


昇降口ぎりぎりのところで外を覗く形で、下駄箱に凭れて体育座りでカメラを構えている友人に声をかける。
まあ大方予想は付いているけれど、敢えて聞いてみる。


「………別に何もしていない。」


うん、答えも予想通り。
多分、いやきっと、絶対、ムッツリーニのことだから、うっかり傘を忘れた女の子がびしょぬれになって下着が透けたところをカメラに収めようとしている…というところだろう。
スケスケ…いい響きだと僕も思う。
無論心躍る響きだし、正直なところ、大好きだ。
スケスケ、最高。
だけど、残念。
さっきも言った通り、雨は朝から降っていたから、傘をさしていない人なんてきっと傘を盗まれた人か、英国紳士くらいなものである。


「今日は傘持ってきてない人、いないと思うよ?」

「………想定の範囲内…!」


外から目を離さず、僕に親指を立ててみせる。
そんな少ない機会のためにこんな寒いところで待機してるっていうのか…。
流石としか、云わざるを得ない。
うーんと少し考えて僕は鞄を置く。
そして上着を脱いでムッツリーニにかぶせる。


「………?」

「こんなところに長時間いると風邪ひくよ?僕はもうすぐ帰るし、まだ粘るつもりなら貸すよ。」


更衣期間には入っていたものの、今日は寒いだろうと僕らしくもない感を働かせて冬のブレザーを着てきて正解だった。
少し肌寒いけれどそこまで学校から僕の家までは遠くないし、何も問題ない。
自分でも言うのも悲しいけど、馬鹿は風邪ひかないっていうし。
あ、それだとムッツリーニもひかないことになるよね…。
確かにムッツリーニが貧血以外で欠席したことなんて見たことないや。

頭でぐるぐる考えているとムッツリーニがすくっと立ち上がってこっちをみていた。
どうしたんだろう、もう粘らず帰るのだろうか。


「………明久は、」

「ん?」

「………少し優しすぎると思う。」


ぼそりぼそりとそう告げつつ、頭の上にかけた僕のブレザーをぎゅっと握った。
僕より少しだけ小さいから僕にはぴったりだったブレザーがムッツリーニが着ることによって少し大きく見える。


「………ありがとう。」


そういって、うっすらと、仲がいいやつにしか分からない程度に微笑んだ。
『優しすぎる』というところには正直なところ引っかかるところがあったけれど、まあ、いいか、と考えることをやめた。
しかし一向に座る気配もないムッツリーニに、どうしたのだろうと暫く様子をうかがっていると、より一層、ぎゅっと僕のブレザーを掴んで顔を埋めるように顔に近づける。
クラスメイトだし、友人だし、悪友だし。
でもなんだかその仕草を見ていると妙に照れてしまう僕がいた。


「………返す。」


満足したのか、僕の上着を頭から丁寧にはぎ取って、今度は乱雑に僕にずいっと差し出す。
呆気にとられていた僕は反応が一瞬遅れてしまったけれどそれを受け取る。
受け取った、さっきまでムッツリーニが羽織っていたそれを腕に通す。
ムッツリーニは自身が座っていた処の横に置いてあった鞄を手に取り、カメラを大事そうにしまう。


「帰るの?」


そう聞くとこくり、と確かに肯いた。
もう女の子のスケスケ激写はいいのだろうか。
クラスの割り当てられた傘立てをごそりごそりと漁り、ムッツリーニは自身の傘を右手で手繰り寄せる。
じゃあ僕も、と続いて傘を手に取った。
ほぼ同時に傘を開くと、乾いていなかったのか朝の水滴が飛び散る。


「ムッツリーニ、途中まで一緒に帰らない?」


そういうと暫く間を置いてこくりと肯いたので、僕たちは同時に雨の中に身を投じた。
肌寒い空気だったけれどどうにも、体の奥のほうは少しだけ熱い。
まあ気にすることなんてない些細なことに違いないけど。





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