ゆらゆらパンタグラフ










ゆらゆら振動に身を任せている、というのは心地いいものだ。
油断すると直ぐにでも眠りの世界に旅立ってしまう。
外の世界はせわしなく動いているのに、電車の中は酷く静かだ。
静か、といっても無音というわけではなくて、ガタゴトと耳障りの良い音が椅子に座った俺全体に響いている。
乗客はぽつりぽつりとしかいなくて、流石平日、としか言わざるを得ない。
車内は扇風機がやんわりとした風を送っていて、クーラーばかりの近代でなんだか少し懐かしい気分にもなる。
電車がゆったりとした速度になる。
そろそろかな、と首を伸ばして扉に注目していると、夏で室温を保つために手動開閉になっているドアが開いて見知った顔が入ってきた。


「おはよう、康太。暑いね。」


満面の笑みを向けてくる明久に軽く笑ってみせる。
そして自分の左隣をぽんぽんと叩いて横に座ることを催促すると気付いたかのようにもう一度笑ってゆったり俺に向かって歩いてくる。
明久が俺の隣に座ったところで体が左に傾く。
電車がまた動き出したようだ。


「………明久、すごい汗。」

「暑かったからね。それに遅刻しそうになったから走ってきちゃった。」


そういってまた笑う明久にタオルハンカチを渡すと有難う、と言って汗を拭く。
確かに息が少し上がっているような気がする。


「………あっちのほうがよく扇風機あたるぞ。」


そう言って車両の端に一列ずつ並べられた座席の真ん中の方を指差す。
何を隠そう俺自身が電車に乗ったときに見つけたベストポジションだ。
明久の反応がないので明久の顔を見ると少し不思議そうな顔をしている。
一向に移動しないのは何でだろう。
暑くないのか?
俺も明久を不思議な面持ちで見つめると、ややあって明久がやっとわかったように「ああ、」と小さな声を出す。


「行かないよ?僕康太の隣がいいしね。」


さらりとごく自然にそんなことを言うものだから少し照れてしまう。
島田や姫路が惚れるのも分かる。
誤解されやすい発言を素でするからだ。
要は天然の無自覚たらしなのだろう。
少しそういうところは心配なのだけれど、今は素直に喜んでおくことにしよう。

ゆらゆらと揺れながら線路を進んでいく。
心地いい音を聞きながら、緩やかなカーブに差し掛かった。
景色が曲がっていくのをぼうっと眺める。


「今日は何かみたいもの、ある?」


明久が俺にタオルハンカチを返しながら小首を傾げながら聞く。
電車に乗り合わせたのは偶然、ではなくて単なる待ち合わせ。
地元より少し開けた街にでかけるために。
まぁ正直なところ行きたいところなんてないに等しかったから答えられる筈もない。


「………明久は?」


代わりに聞き返してみる。
明久は少し困った顔で笑いながら頬を人差し指でかりりと掻いた。


「特にないや。」

ははは、と声を出す明久に俺も少し笑って「同じく」といつもより少しだけ小さな声で答えた。


「そろそろ着くんじゃない?」


のんびりとした空間で軽く雑談をしながら、明久の声に現実に戻ると電車はゆっくりとした動きになっていた。
なんだか名残惜しい気がしなくもない閉鎖的空間。
でも外の青々とした空を見ると、どうにも自然に気分は高揚するにはするけれど。
明久とほぼ二人、というこの空間をたったの数分いただけだったのにどうしようもなく気に入ってしまったようだ。
心地いい振動は、最後にキツい一発をお見舞いし、停まる。
少し立つことを渋ってしまった俺より先に立ち上がった明久が俺の方をみて


「じゃ、行こっか!」


と言った。
先程まで少し渋っていたのが嘘かのように軽く立ち上がって、先に行く明久を追う。


「………あつ。」


出た瞬間、思わず声が漏れた。
それを聞いていたのか明久はぐいと俺の手を引いて「じゃあ急いで涼しいとこに行かなきゃね」と歩く速度をはやめる。
それに釣られて少し歩幅を大きくして、ちらりと先程乗っていた電車を振り返ってみたけれど、もう特に何も感じることはなかった。





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