middy










僕は何回も聞き返すものの、康太の答えは変わらないようだった。
焦りからかどこからともなく汗が流れ、一体どうしてこうなってしまったのか不思議でならない。
かといって分かったところで人の心変わりなんてそう易々と変えられるものではないのは重々承知しているわけで、諦める事はしたくないものの、けれどどう考えても今の状況をひっくり返してしまうのは無理があった。


「…どうして…」
「…………すまない、明久。」


情けないことにか細い声しか出ず、動揺はありありと手に取るように分かるだろう。
だって、目の前の恋人にいきなり別れを告げられるなんてそんなこと、一体誰が予想したというのだろうか。
そしてそんなまだギリギリ恋人な彼が、手に何故か『セーラー服』を持っているのだから、動揺せずにはいられない。
あれに突っ込んでは負けな気がして先程から見ない振りをしていたわけだが、はじめはちらちらと見せていたそれが、どんどんとこれ見よがしになっていっているのを見逃す程、僕は馬鹿ではない。


「……嫌?」


康太は少し僕より背が低いから、自然と上目遣いになる。
大きな眠たげなその目が僕は大好きだから、どきりと跳ねる心臓を止めることは出来ないわけで。
勿論、嫌に決まっているじゃないか、と勢いよく何度も頷いてみせる。
それにほっとしたのか、今度はそれをずいっと全面に押し出してきた。
何をってそれは…言わせないでよ、『セーラー服』に決まってるじゃないか。
紺色の艶やかな生地に、その服特有の襟元にある白の二本ラインが眩しい。
少しばかり絞られた袖口と、開放的な胴体部分の裾がたまらなく良い。
ガードが固いようで実際そうでもないその作りは矢張り嫌いな男子など、ほぼいないと言っても過言ではないのではないだろうか。
そのアンバランスな魅力は、勿論僕だって大好きだ。
それがどうして僕らの現在の位置関係のど真ん中に存在するのかが分からない。
これって別れ話じゃなかったっけ。
どう考えても明らかにその男の浪漫が異質であるのは明白で、それは多分流石の康太も気付いているだろう。
寧ろツッコミ待ち、と言わんばかりである。
本当は別れ話というものに対して実に悲しまなければならないというのに、この光景がシュールでそれが出来そうもない。
別れ話をする恋人同士の間に挟まれたセーラー服。
もし仮に僕がその立場なら気まずくて気まずくて堪らないだろう。
けれどそんな気持ちを全く持ち合わせていないのか、僕らの間で揺れるセーラー服はまごうことなき現実で、いやわかってはいるのだがなんとなく触れたくないような気はする。


「……セーラー服が気になるのか?」


触れたくなかったのに僕があまりにもガン見していたのか、それともどう考えてもツッコミ待ちだったので痺れを切らしたのか、ついにそれを手に持っていた張本人がその話題に触れてきた。
へ、と間抜けな声が出てしまったがそれを口を引き結んで耐えつつ、目線を逸らそうとするが康太の視線がそれを許さない。
お前さん、分かってるんだろう?と言わんばかりの目線である。
そして勿論、薄々感づいてはいるわけで。


「……着てくれたら、別れない……っ!」


やっぱり、と僕は思うと同時に、康太がプルプルと震えている辺り余程怖い思いをしたのだろう、何かとてつもない女子に脅されたに違いなかった。


「康太、もしかして、」
「……何も、言うな。」


語ることすら恐ろしいのか、より一層視線を僕から離し、絞り出すような声色でそう言った。
僕はそれ以上、深追いしないことにする。
しかし少し心外なのは、康太の為ならセーラー服だろうと、チャイナ服と、ナース服だろうと僕はとことん着るというのに。
僕が康太のことを大好きなのには変わりないし、『着てくれ』とただ一言くれればそれに普通に応じると思う。多分。
康太の手からセーラー服を取り、着ていたブレザーとワイシャツ、スラックスを脱ぐ。
そのままセーラー服に袖を通し、着方が分かっているというのは男の僕にとっては少しばかり悲しい心持ちではあるのだが、スカートを履きセーラー服の上着の横のファスナーを上げ、スカーフを首もとにきちんと通した。
それをどや顔で康太にやけくそ見せつけてやると、康太はもう既にカメラで撮影しまくっていて流石の身のこなしに感服する他ない。
そんな康太に近付く。
まさか近付いてくるとは思わなかったのだろうか、少しびくり、とその小さな体が揺れた。


「康太、別れ話になんてもってかなくても、康太の為なら多少は譲歩するし、着るよ?」
「……!」
「だからあんまりそんな心臓に悪いこと言わないでよ。」


そういって頭をよしよしと撫でると康太は少しばかり下を向いて小さな声で「すまない」と言った。
けれど僕はポジティブなのでこうも考えるわけで。
別れ話を切り出しても僕が拒否することが分かっていることが前提なのだろう。
それだけ康太のことをどう思っているか伝わっていること、信頼されていることはとても嬉しいことなのである。
頭を撫でている間も、謝っている間も鳴り止まないシャッター音は流石としか言いようがなく、矢張りそんな康太が僕は大好きなのだ。



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