身近な存在










大学受験というものは高校受験の比ではない。
それは今回、本当に身をもって体験したことであった。
まず教材の重みが違う。
それは文字通りのことであって、もうなんていうか参考書の量が尋常ではない。
それに範囲が底知れぬ程に広い。
もう勘弁してほしい、と頭を抱えてしまうほどに酷い量に、もう普段ロクに使っていない脳は爆発寸前だ。
けれど行きたい大学がある。
それは今の俺には少しだけハードルが高いけれど、手が届く可能性があるならば頑張りたい。


「うあ〜……」


頑張りたい、のだが。
脳味噌がもう大分言うことを聞かない。
最近詰めに詰め込んでいたために、もうそろそろ限界値だった。
頭が痛くて痛くて、けれどそれは頭痛のそれと違ってなんというかじんじんとする。
集中力もぷっつりと切れてしまったようで、『これ以上は勘弁してください』と言っている気がする。
勉強机に山のように積まれた参考書や教科書を見るだけでもう限界な気さえした。
なんでこんなに頑張っているんだろう、とか思ってしまうあたりもう大分ノイローゼ気味なのかもしれない。
確かに、勉強はあまり好きじゃない。


「緑川、頑張ってる?」


そんな俺のところにやってきたのは、ヒロトだった。
ヒロトは一学年上であるからすんなり去年、入試をクリアしていた。
一足早く大学生になってしまったヒロトを励みに頑張っていたのだけれど、どう頑張ってもまるで出来が違う。
その差が埋まるのはいつになるのか。
いや、一生ありはしないんじゃないだろうかと思ってしまう。
もう完全にそんなマイナスな思考になってしまっていて、もう駄目だ、ともう一度頭を抱えた。


「もしかして煮詰まってるのかい?」
「う……」


俺を見ながらヒロトがそう言った。
それが情けないことにその通りで、思わず小さなうめき声が漏れてしまった。
正直なところ完全に投げ出してしまいたい衝動に駆られる。
外に出て、サッカーがしたい。
太陽の光を浴びたい。
ここで辞めてしまっても、また明日があるじゃないか。
等と、どんどんと諦めムードが漂ってしまってこれは駄目だ、これでは駄目だ。
けれど今まで頑張ってきた分、もう限界で、ネガティブ路線一直線である。


「どこか分からないところでもあるの?」「うん……いっぱい。」
「何処?」


とりあえず目先の今一生懸命解いていた数学の問題を頼りない手つきで指を指す。
なんというか心なしか自分の指が震えているような気がしたがきっと気のせい。
そんなものは見てない。
するとそこを暫く眺めていたヒロトが「ちょっと貸して」と俺の愛用のシャープペンシルを取り上げた。
そのまま、さらさらとそこらへんに落ちたいた紙に何かを書いている。
何をしているのか、と横目で見つつ、脳味噌は停止状態には変わらない。
それが何を示しているのかなんて、全く分からないまま、ぼんやりとしていると、その紙を目の前に突き出された。


「いいかい、緑川。良く見て。」


そう言われておずおずと、今度は半分寝かけている頭をバシン、と一回叩いてから、それを見た。
それは図式で、なにこれ、とヒロトの顔を見るとヒロトは酷く真剣な顔をしていた。
その顔を見て、はっとし、思わず背筋をぴしっと伸ばす。
そしてもう一度、その紙を見た。
これは先程の問題の解き方なのだろう。
解き方、というか考え方。
それをヒロトが提示してくれたのだ。
その図式を用いて、ヒロトが細かく説明してくれる。
シャープペンシルが紙の上を走り、ここはこうで、これはああなって、で、こうなる。
それを頭の中で整理しつつ、成程、とどんどんと理解していった。
今まであんなにも頑なに拒否をしていた脳が、どんどんと軽くなっていく。
それは実に爽快な感覚だった。
勉強が上手い人は教えるのも上手いというのが本当だったということが身に染みて分かった。


「ありがとうヒロト!よくわかった!」
「それはよかった。」


嬉しくなってヒロトにそう言って、またその問題集に向かう。
えらいね、と頭を撫でてくるヒロトに、少し子ども扱いされたのは悔しいけれど、また頑張る気力が湧いてきた。



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