ぐっと堪えることが実に難しいことであるかは知っている。
けれどそれが日常の一部と化してしまっているのであれば話は別で、既に慣れてしまったそれにはなんの違和感もない。
例えば、今、目の前にいる不動に対して。
自分がしたいことを全てぶちまけてしまいたい衝動に駆られることも、とても少ない。
というか、そんなことはしたことがない。
してしまった時点で今の関係は崩れてしまうのが目に見ているし、そこまで自分も愚かではない。
そういう気持ちに気付いてしまった時点でどうすることも出来ない訳で、同性故に、とても保身に走ってしまう。
これが男女なら、どんなに良かっただろうとは思う。
まだそれならば、少しはアプローチ等も出来たかもしれなかった。
けれど同性、という壁は非常に高く、険しい。
男女ですらもその想いが成就することは奇跡に近いことであるのに、同性であると余計にそれは現実問題厳しかった。
世間一般的に、同性愛というものは認められているわけがなく、それは相手も同じであろう。
そんな気持ちを一方的に押し付けてしまっては嫌悪するどころか、相手に確実に迷惑を掛ける。
だからこそ、日々こうやって耐えているわけなのである。


「鬼道くん、」
「なんだ?」
「眉間の皺、すごいけど。」


なんかあったわけ?と不動が小首を傾げつつ問いかけてくる。
考え込んでいたうちにうっかりと皺が寄ってしまっていたようであった。
これはもう癖になりつつある。
常に冷静でいなければならないのに、どうしてこうも分かりやすいのか、と自分を叱る。
目の前に座る不動は少しばかり怪訝な顔をしながら頬杖をついていた。
別に最初から、好意を持っていたわけではない。
最初はとても、嫌いだった。
嫌いというか、生理的に受け付けないというか、何分第一印象が最悪だった。
けれど暫く不動と過ごしていく中で、それはどうしようもなく別の物に変わっていた。
この感情は、酷く辛いものがある。
耐えられない、耐えなければいけない、忘れてしまいたい、失くしてしまいたいと思っていても、こればかりはどうしようもなかった。
欲しいものと、手の届くものは違う。
手の届かない欲しいものは、我慢しなければならない。
どうあっても受け入れてもらえる確立なんて、少ないだろう。
そんな際どい賭けなど、最初からやりたくはない。
これはサッカーとは違う。
どう転んでも、相手の気持ちというものが前提なのである。


「まあ別に興味あるわけじゃないからいいんだけど。そのうちその皺、戻んなくなるんじゃねぇの?」
「五月蠅い。そんなことあるか。」
「分かんねえぜ?」


そう言って不動が手を伸ばしてきた。
その手の動きをじっと見ていると、その指は眉間のしわをぐっと押した。
そしてそこをなぞりながら「これは重症だな」とかなんとか言った。
あまりにもその動きに驚いて、思わず不動の腕を掴んでしまう。
気付いた時には既に遅く、不動も驚いたように此方を見ていた。
思わず掴んでしまった腕は、自分のものより細く、白い。
それだけでも気分が少しばかり高揚してしまう自分が情けない。
けれどそれは新たな発見には違いなく、少しばかり、そんな性もないことで不動のことを少しばかり知れたということが嬉しいあたり、本当に重症だ。


「す、すまない。」


別にそれは傍から見れば疾しいことではないのに、そこでそう出てしまうということはそういうことだと露呈してしまっているようでそれを恥じた。
思わず掴んだ状態のまま、下に降ろすと不動の腕も一緒に下へ落ちた。
意識していなければどうってこともない行為も、こう意識しているとどんどんと変な方向にいってしまうのは本当にどうしようもない。
こればかりはコントロールできない。
内心凄く焦っていて、そんな余裕などありはしないのである。
不動の表情は、怪訝なそれに変わっている。
けれど一向に振りほどこうとはせず、ただ此方をじい、と見ていた。
それが何故だか責められているような感覚がしてならない。
なんだかんだで、こういうことに関しては本当に憶病なのだ、俺は。
ただけれど今のこの順応した空間からは早々に離れたくはない。
頭の中の葛藤は、それほどまでに忙しい。


「鬼道、離して。」


そう言われてはっとした。
そのまま言われるがままに手を離すと、不動はその手をぷらぷらと振った。
もしかすると強く握っていたのかもしれないと思い、もう一度「すまない」と謝ると不動はまた、此方をじい、と見る。
それは妙に、本当に責めるような視線だった。
視線の意味は、分からないが、どうしようもなく、逸らせるものではない。
不動も同じく、ぐっと眉間に皺を寄せていた。



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