すべてを暑さの所為にして









暑苦しい。
酷く暑苦しい。
暑いのはとても苦手で、まだ冬の方がましだった。
かといって、冬には多分夏の方がましとか何とか言ってるに違いないと自分でそれは自覚している。
四季の美しさは充分理解しているが、けれど矢張り夏は苦手だった。
寧ろ来ないで欲しいとすら思う。
特に首の後ろが尋常じゃない程暑い。
これはどうも髪が長いのが原因だと自分でも把握しているのはしているのだが、かといって髪を切る気はさらさらなかった。
なんとなしに伸ばしだした髪も、ここまでくると切るのももったいない気すらする。


「佐久間、暑くないか?」
「……暑いに決まってんだろ。」


どうして当たり前のことを聞かれると苛ついてしまうのだろうか、暑さでイライラはもう限界値だった。
思わず低く語尾に怒気が籠った声が出てしまう。
けれどそんなことに気を配れる程に精神に余裕はないわけで。
源田には申し訳ないのだがもうそろそろ爆発しそうである。
本当に何というか、この教室の暑さは異常で、窓際の席は太陽がこれでもかというくらいに燦々と降り注いでいる。
忍耐力を養うとかそういうことでクーラー等の冷房機器はついていない。
汗もどこから湧いてくるのかという程にどんどんと出てきて、べたつきも尋常ではない。
頭をがしがしと掻きむしりつつ、せめてもと思い下敷きで仰ぐが、それは自分で自分をいじめているように余計暑くなるだけであった。
すると急に源田が席を立つ。
そしてクラスの女子と何やら話していた。
一体何を話しているのかと思うと、女子が鞄から何かを取り出して源田に渡していた。
それに礼を言って源田が戻ってくる。
なんだ、と思っていると源田が此方に帰ってきた。
手に何か握られているがそれが何かはよくわからない。
するとそのまま俺の背後にまわりこんで、突っ立った。


「何してんだよ。」


振り向きもせずそう声を掛けると源田は何も言わずその手が頭の上にのった。
何をしてるんだ一体、と思うとその手が髪を伝って下に降りてきた。
そしてそのまま髪を鷲掴みにしたかと思うと、櫛を通す。
暑いけれど先ほどよりかはひんやりとした空気が首筋を通って少し気持ちが良い。
たかが首元に髪の毛がかかっていないというだけでこんなにも違うのか、と思うほどである。
源田は器用に髪をひとまとめにしていく。
どうやら女子にもらったものは、髪を括るものだったらしい。
多分櫛やらなんやらも借りたのだろう。
源田の剛毛にはあまり櫛は必要ないだろうし、使っているところも見たことがない。
なんだか動くのも悪い気がして、とりあえず大人しくしておくことにする。
するすると上に持っていかれる髪は、普段あまり括ったりなどしないために少し痛い。
けれどそれは耐えられない程ではないし、なんだか少し心地が良い気もする。
櫛の通る感覚とか、指の伝う感覚とか、そういうのは未体験ではあった為少しだけ驚いたりもした。
そしてあっという間にまとめあげたのか、源田の手が離れた感覚がする。
手を伸ばして触れてみると、低い位置ではあるがひとまとめにされていた。
妙に手慣れているところが気になるが、けれどこれはこれで快適である。


「少しは涼しくなったか?」


そう源田が聞いてきた。
確かに涼しくはなった。
けれどどうしてもここでそれを肯定するのはなんだか癪である。


「そんなに直ぐ変わるか。」
「そうか、それは良かった。」


何が良かったのか、源田はいつもなんだかんだで俺を見抜いているような気がする。
だからこそそれを素直に言ってやることはどうしても嫌なのだ。
分かっているからこそ、別に無理して言う必要もないとすら思う。
それが単なる自惚れではないのかと分かってはいるものの、けれど理解してくれているならそれでいいではないか。
それになにしろ、暑い。
少しばかり涼しくなったところで何も変わらない。
源田は女子に櫛を返しに行ったようだった。
何やら女子と親しげに会話をしている。
源田はなんだかんだで男子とも女子とも仲が良い。
櫛を返すだけでいいのに、何をそんなに話しこむことがあるのだろうか。
そんな光景を見ながら、暑さの所為か少し苛立つ。


「源田!」


イライラしながらもついに源田を呼んでしまう。
それに気付いた源田が女子に「本当にありがとう、助かった」と言って話を切り上げたのが見えた。
机と机の間を縫って、源田が席に来て、「どうした?」と聞く。
呼んだものの、ただイライラしていただけ。
それだけで、そんな理由なんてありはしない。


「……暑い。」


ただそれだけを言って源田から目を背けると「そうか」と言って源田が笑った気がした。



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