これの続き

全て君のお見通し









さらりと伸びた髪は中学の頃を自然と彷彿とさせた。
風に靡く様も相俟って、矢張り佐久間には似合っていると思う。
伸ばすと告げたあの日からもう既に四年の月日が流れていた。
こっちの大学に受かって佐久間はこの土地に戻ってきていたし、全てが佐久間があの日言った通りで、その意志の強さに感服した。
そしてあんなことがあってからもまだ俺達はあのまま、平行線で、特に変わらず友人のままであった。
お互いそのことには触れず、長い月日が流れてしまったな、と思う。
しかし今のこの距離感が俺にはとても心地が良いものであるし、このままで構わないとすら思っていた。
今日はとても蒸し暑い。
俺の家でいつものようにお互いの課題を潰している現在、室内は暑くて暑くて堪らなかった。
俺の部屋にクーラーなんてそんな大層なものはなく、扇風機があるのみだけれど別に暑さに弱いわけではないが故に俺は今まで何の支障もなかった。
けれど佐久間は違うらしい。
暑さにも寒さにもどうやら弱いらしく、はたはたとプリントの束で扇ぎ続けていた。


「佐久間、プリント駄目になるぞ。」
「そんなこと言われても暑いもんは暑い。」


確かに佐久間の色黒の肌には大粒の汗が光っていた。
仕方がないので首を振っていた扇風機の動きを止めてやり、佐久間の方に向けてやる。
プリントが滅茶苦茶になって後々困る佐久間は見たくはない。
案の定気持ちがいいのか今度は動きが止まり、課題をやる手すら止まっている佐久間に苦笑しつつ、席を立つ。
下に降りて冷たい麦茶を入れてきてやり、目の前に置いてやった。
ありがとう、と素直な礼が返ってきて佐久間がそれを飲み干す。
ごくり、ごくりと鳴る喉はあっと言う間にそれを奥に追いやった。
そしてコップを机に再び置き、その濡れた指を首もとにやる。


「冷て〜気持ちいい…。」


冷えた手が気持ちいいのだろう、暫くそうしていた。
そして何を思ったのか徐に、ひとつに纏めた髪を解いて、ぽつりと言った。


「…切ろうかな。」


え?と今度は俺が動きを止める番だった。


「なんだって?」
「いや、だから切ろうかなって。暑いし、鬱陶しいし。」


それを聞いて俺は正直混乱した、というか妙にショックを受けていた。
その答えは直ぐに俺の中で判明する。
あの日、あの時、佐久間が言った言葉を思い出していたからだ。
髪を伸ばすのは俺が好きだと言ったから。
俺のことを好きだと言った佐久間は俺を諦める為に髪を切ったのだ、と言うことも。
だからこそ、髪を伸ばしている間は俺のことを想ってくれているのだろうと勝手に思っていた。
けれど、違ったのかもしれない。
確かにあれから四年もの月日が経った。
その間佐久間はそのことについて一言も触れなかった。
ただ単に気紛れで伸ばしていただけなのかもしれない。
いや、その状況に甘んじていたのは俺で、佐久間はとっくの昔に俺に対して見切りをつけていたのかもしれない。
俺の曖昧な態度が佐久間を傷付けてしまっていたのかもしれない。
そして何より、佐久間のその何気ない発言にこんなにもショックを受けている自分自身に正直驚いていた。
長くこの居心地の良い距離感に慣れきっていて麻痺していたのかも知れない。
いや、情けないことにそうなのだろう。
本当はあの時からずっと。
少しずつ少しずつ芽生えてきた感情はどうしようもなく膨大なことに今更気付くなんて遅過ぎる。
気づいたことによってもっともっと肥大化していく感情は、計り知れない。
佐久間の想いに甘えていた。
ずっと、ずっと。


「……切らないでくれ。」
「え?」


佐久間の顔がまともに見れない。
けれど多分驚いて困惑しているのではないかと思う。
けれどもう一度、「切らないでくれ」と俺は懇願した。
今更、遅いかもしれない。
けれど散々待たせておいて有耶無耶にすることだけは出来なかった。
溢れて溢れて止め処ない言葉をほぼ全て飲み込んで、大事な言葉だけをつまみ出す。
そしてぐっと顔を上げて、言う。


「好きだ、佐久間。」


そう言った瞬間、これは予想外だったのだが佐久間が吹き出したことだ。
俺はこれまた驚いて、どうした、と聞くと佐久間は言う。


「こうも上手く行くとは思わなかった。」


佐久間が言うには。
矢張りこれで最後にしよう、と唐突に思ったのだそうだ。
要は俺の反応が見たかったらしい。
切るつもりなんてさらさらないし、けれどいい加減痺れを切らしていたようだ。
それは本当に申し訳ない、すまなかったと謝ると全くだ、と佐久間は言った。


「源田は俺を好きになるの遅すぎ。」


確かにあの日、佐久間は「好きにならないと承知しない」と言った。
それは佐久間なりの宣戦布告で俺は時間はかかったものの見事陥落してしまったのだ。
全てが佐久間があの日言うが儘に見事その通りになってしまった。
流石というか、なんというか。
降参するしかないじゃないか。
いや、もう随分前にそれはしていたのかもしれない。


「源田、」
「ん?」
「俺も好きだぜ。」


そう言って笑う佐久間にあの日の胸が痛くなるような表情は伺えなかった。
月日が流れて変わってしまったものもあるが、けれど変わったものも変わらないものも、その両方が愛おしい。




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