振り回されるがまま









ぎゅう、と抱きすくめられてしまってはどうしようもない。
吹雪が俺を下からきつく抱きしめて、肩口に顔を埋めてくるものだから俺はなんとなく抵抗できずにいた。
付き離せばいいのだろうが、それもままらなない。
腕ごときつく纏められている手前、あまり腕も自由ではない。
最初は少しばかり抵抗したが、もうなんだかめんどくさくなって抵抗を放棄した。


「……風丸くん、」


ぽつり、と俺の名前を呼ぶので俺はなんだ、と返答する。
けれどただひたすらに風丸くん、風丸くんと馬鹿の一つ覚えみたいに俺の名前を吹雪は呼び続けるのだった。
どうしていいかわからずとりあえず肘から下は動くので折り曲げて吹雪の背中に手を沿わせてみる。
そしてよしよし、と赤子をあやすようになんとなくその手を動かした。
暫く撫でていると吹雪が顔を上げる。
その顔はなんだかなんとも言えない表情で、多分甘えられているんだな、と思った。


「風丸くんって僕の名前なんて呼んでるっけ。」


等と唐突に聞かれた。
それに俺は手をとめつつ、頭の中で「吹雪」と反芻する。
改めて聞かれると少し自信がなくなってしまうが、うん、確かに「吹雪」と呼んでる。


「吹雪。」
「だよね、だよねえ。」


そう言ってぐりぐりと首は大丈夫か?と聞きたくなるような無理な体勢で俺の胸に後頭部をすりつけてきた。
多分、拗ねている。
何を拗ねる必要があるのかと、良くわからないが、呼び方が気に食わないのだろうか。
そう思っていると胸元から吹雪の声が聞こえた。
あまりにも小さな声なので「え?」と聞き返すと今度は頭を勢いよく上げて言う。


「士郎って呼んでくれない?」
「はあ?」


これまた唐突にそういうものだから、なんというか小さな子を相手にしているようにすら感じた。
なんで、と問い返すとなんでも、となんというか押し問答にしかならない。
士郎、士郎か、とまた頭の中で反芻しつつ、けれどその響きはどうも嫌いではない。
いや、嫌いとかそういうのではなくて、舌触りが良いというか、発音するととてもつるり、と出てきそうな名前だな、と思った。
そして少し間を置いて、少しだけ息を吸う。


「士郎。」


そして口に出してみて、はっとした。
語韻云々とかその他は置いといて、思った以上に恥ずかしいのだ。
うわあ、と言葉にしてみて思った第一印象はそんな感じであった。
なんだかなんというか恥ずかしいというか気恥ずかしいというか、言いなれないその言葉は確かに吹雪の名前であることを自覚するととてつもなく頬が熱くなってしまった。
口元を手で押さえたいのだが吹雪に抱きしめられている手前どうすることも出来ず、とりあえず顔を背けてみる。
うわあ、うわあ、と頭はぐるぐる回り、なんとなく後悔の念すらも漂ってきた。
なんでこんなに恥ずかしいのか良くわからない程に、とにかく、恥ずかしい。
そして気付くと吹雪が此方をずっと見ているままであった。
なんだか真顔なので少し怖いな、と思いつつも感じる視線が妙に刺さる。


「もう一回。」
「え?」
「もう一回。」


これはもしかしなくてもアンコール要請を受けているのだろうか。
真顔で要請してきているものの目は期待に満ち溢れているように感じる。
こう、昔からそうなのだが、こういうきらきらした目で見つめられてしまうとどうにもそれに応えてしまうことが多々ある。
そう、目の前の吹雪が小動物にすら見える。ぐっと口を引き結んで、覚悟を決める。


「……士郎。」


ぼそり、と呟いて見せれば吹雪の顔がぱあ、と明るくなった。
なんというのだろうか、吹雪は矢張りとても女子に人気があるのが良くわかる。
その笑顔はとても綺麗なもので一瞬呆気にとられて見惚れてしまった。


「なに?一郎太。」


普段親からそう呼ばれてもまるで何とも思わないのに、どくどくと鳴る心臓は尋常ではない早さだった。
いつも思うが吹雪は俺より一枚も二枚も上手で、俺を動揺させる天才である。
けれどどうにも抗えない理由はまああるわけなのだが、鼓動の早さをごまかそうと、大きくため息をついた。




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