酔っ払いと 店内は矢張り週末ということもあって妙な盛り上がりをみせている。 沢山の笑い声が入り混じり、とても楽しそうである。 かくいう俺たち、今日は俺と佐久間と不動で飲んでいるわけであるのだが、わいわいとテーブルを囲いつつ、談笑しているわけだ。 最初は学科の話や研究テーマ等々、なかなか真面目な話をしていたわけだが、酒が入るとまあそうはいかない。 何故か最初から妙に苛立っていた不動はそれはもう存分に出来上がってしまっているのである。 「げ〜ん〜だ〜」 「なんだ、不動。」 酒には強い筈であるのに今日に限ってべろんべろんに酔っぱらってしまっている不動が目をとろりとさせながら俺の名を呼ぶ。 色白の肌はこれほど以上はないだろうという程に赤く染まってしまっているし、バシンバシンと背中を叩くその威力はなかなかに強い。 しかしその手はビールジョッキを頑なに離そうとせず、まだまだ飲む気満々といった具合だ。 4人座れる座席に、俺と不動が隣、俺の向かいに佐久間が座っている。 佐久間が手を伸ばし、ジョッキを掴んだままの不動の手をぐっと握った。 「おい不動、飲みすぎだぞ。」 全くもってその通りである。 佐久間が言うのも無理はないという程、不動の有り様は酷かった。 普段酔わない分、余計に大丈夫なのかと心配になるのは当たり前である。 何が不動をそうさせたのかは分からないが、けれどこれは、この有り様はなかなか酷い。 制止する佐久間の手を払いのけながらまたジョッキを煽る不動。 これはどうしようもないな、と思いつつも横目で不動を見つつ俺も自分のジョッキを少しだけ傾けた。 そして案の定、と言わざるを得ないのではあるのだが、数分後、妙にぐったりとした不動がそこにはいた。 「気持ち悪い…。」 「自業自得だ、阿保。」 机につっぷしてだらけきってしまった不動に佐久間がここぞとばかりに悪態をつく。 まあまあ、と制しつつ、ぐったりとしている不動の背中を手でさすった。 「大丈夫か、不動。」 「…あんま大丈夫じゃない。」 「だろうな。」 佐久間のほうをちらりと見ると視線をそらしつつぐいぐいと飲んでいるからまだまだ帰る気はないのだろう。 まあ確かに急ピッチで飲んだ不動とは違い、俺たちはのんびりと飲んでいたためまだ飲み足りない部分もある。 かといって不動をこのままにしておくのも可哀想な気がして、どうしようか、と悩む。 背中をさすり続けていると時々「うっ」だの「うあー」だのなんだかもう呻き声が漏れてきていて正直大丈夫じゃない気しかしない。 これは解散したほうがよさそうだ、と思い、佐久間にそのことを告げる。 「佐久間、もう帰るか。不動がこんな様子じゃ心配だ。俺送っていく。」 するとその時、ぴくり、と佐久間の眉が動いた。 付き合いが長い分、そんな少しの反応にすら気付いてしまう自分に苦笑するほかないが、けれどどこが佐久間にとっての地雷だったかということは全く分からない。 けれど多分確実にどこか押してはいけないスイッチを押してしまったようで、それだけは確実であった。 佐久間は「へえ、ああ、さいですか。」となんとも気の抜けたやる気のない返事をした。 申し訳ないな、と思いつつけれど不動を放っておくことは出来ない。 なんといったってこんな不動は初めて見るからである。 けれど不動も限界になって少しだけ冷静になったのか、ふら、と手を上にあげた。 「いい、いい。余計なお世話。」 そう言ってひらひらと手を振って見せて、そして突っ伏したまま携帯を渡してきた。 その携帯を不思議に思いつつも受け取り画面を開くと、アドレス帳が開きっぱなしになっている。 そこには見覚えのある、鬼道のアドレスが開かれていた。 自分で電話しろよ、と佐久間が睨みつけるが、けれど不動は「きまずい」とただ一言ぽつり、と呟いた。 どうやら要約すると、家に帰るので鬼道を呼んでほしいらしいのだが朝方から盛大に大喧嘩を繰り広げたらしく気まずいらしい。 「喧嘩如きでヤケ酒か。」 「うっせぇ。……悪いかよ。」 佐久間の言うことは完全なる図星のようで不動はむくれた。 ああなんだそういうことか、と納得しつつ喧嘩の内容は全く分からないが鬼道がいつまでも根に持つタイプではないことを知っている。 臆することなく不動の携帯の発信ボタンを押す。 一瞬不動の手が浮いたような気がしたが、力尽きてぱたり、と地についてしまった。 案の定3コールで電話に出たので手短に事情を話す。 それにすぐ少しだけ不機嫌そうな声なものの「わかった」と応答し、鬼道は電話を切った。 「……これは酷い。」 そして開口一番に鬼道が発した言葉はそんなものだった。 ぐったりとしている不動の肩をばしばしと無遠慮に叩き、その度に頭がぐわんぐわんとするであろう不動はうっと小さなうめき声を上げる。 それを真顔でやるものだからどんな理由で喧嘩したのかは分からないが鬼道にとっての小さな復習なのであろう。 「すまないな、源田、佐久間。」 「いや、こっちこそわざわざ忙しいのに迎えに来てもらって。」 「いや、いいんだ。気にするな。不動、帰るぞ。」 そしてもう一度ばしんと叩くと不動の腕を引っ張って連れて帰った。 律儀にも数千円のお金を置いていくあたり流石としか言いようがない。 鬼道に任せておけば安心だろう、と内心ほっとしつつ、残っていた酒を飲もうと手を伸ばしたが、あったはずのそれが、ない。 俺も酔っ払っているのだろうか、とよくよく見ると、その残った酒を佐久間が飲みほしていた。 「佐久間、それ、俺の。」 「……ああ、いらないのかと思って飲んだ。」 此方をまるで見向きもせずにそんなことをいうものだから苦笑するしかない。 そして小さな声で「ずっとほったらかしだったし」と呟くものだからようやく合点が言った。 ああ、要するに、そういうことかと。 その行き場をなくした手をもっと奥までぐっと伸ばして佐久間の頭を思いっきり荒々しくがしがしと撫でてやる。 するとちらり、と此方を向いた。 本当にふてくされているのかまあ多分そうなのだろうが、その仕草が同世代男子にもかかわらず可愛いと感じてしまう。 そしてまた小さな声で「今日はお前の奢りな」と言うのでそれに「ああ」と返事をしてやるのだった。 . |