欲しがる理由










ゴーグルを投げ捨て、噛みつくような、キスをした。


「…ん、…っ」


目の前の、いつも小憎たらしい言葉を発するその口を。
荒々しく唇を吸い、無理にこじ開けて中を暴く。
歯列を辿って、逃げ惑う舌に、己の舌を絡みつけた。
響く水温と、唇から染みる目の前の男の味。
視覚、味覚、嗅覚、触覚、聴覚。
それら全てで貪る。
御曹司として育てられたこの身が、此ほどまでにサディスティックな欲を持ち合わせているなんて思いもしなかった。
それを向ける相手がよりにもよって目の前の男、不動、などと。
壁に体を押し付けて、不動の頭の後ろに手を回してガッチリと固定して、前に前に突き進む。
奥に、奥に、粘膜で一つになれるように。
目を開くと苦しげに、でも逃げ場を失った余裕のない不動が見えた。
紅く染まった頬、ぴくりぴくりと反応する瞼。
夢中で不動の存在を確かめていると不動は所在なげな手を急に、俺の背中に回してきた。


「………っ!」
「……は、なんだよ…っ。も、う、お終いか…?」


驚いて唇を離すと先程までのしおらしい態度はどこへやら、挑戦的な視線で俺を睨み付ける。
いや、睨み付けるというよりは獲物を狙う狙撃手のようだ。
荒い呼吸を手短に整えながら、引いた糸をぺろりと赤い舌が舐めた。


「俺なんかに欲情してんの?」


するりと不動の掌が俺の背を撫でた。
その答えは、俺が知りたいくらいだ。
不動に、まさか不動に。
何故、何故。
そればかりが頭の中で反芻して、もどかしい。
ただでも目の前のこいつにキスをして、暴いて、滅茶苦茶にしてやりたい、という欲望が一瞬ちらついてしまったのだ。
ぐい、と体をよりいっそう近づけられ、肩口に乗った顔を耳に沿わせられる。
先程まで奪っていたその唇から、低く、妙に艶っぽい声が発せられる。


「へんたい。」


頬に熱が集まるのを感じた。
そう言ってくすりと笑う不動を力任せに押し返す。
また挑発的な目線が降り注ぐかもしれない。
でも自分の混乱した頭はどうにもうまく動かず、がつと鈍い音が響いた。
再び壁に押し付けられた相手の顔を一度大きく深呼吸して恐る恐る、見る。


「………っ!」


不動の目が、泳いでいる。
予想だにしない光景にこちらの目も泳ぐ。
頬を紅く染め、何か悔しいのか唇を噛み締め、眉間には皺。
挑戦的に見せようと俺を睨みつけてはいるが、落ち着いてみると動揺の色は隠せない。
先程はこちらが異常に動揺していたから気付かなかっただけかもしれない。
この男は、人との接触を極力拒む男だ。
演技など、し慣れている。


「……不動、」
「んだ…よ、…っ」


もう一度今度は荒々しくない優しいキスを。
滑らかに、労るように。
優しくしてやればしてやるほど、新たな一面が見れるに違いないのだ。
きつくきつく抱き締めて、意外にも抵抗しない不動の唇をじっくり味わう。


(……離したくない)


そう思う程に欲しているのだ。
全身全霊で。
奥の奥から、喉から手が出る程に。
まだ物足りないが、そっと唇を離す。
不動の背中に回った腕がだらりと落ちて、力が抜けたのかすんなりと俺の肩口に頭を預ける。
荒い息を整えるように小刻みに不動の肩が震える。


「…不動、先程の質問だが。」
「…あ?」
「俺は変態ではないが、貴様に欲情はしている。」
「はぁ!?」


勢いよく顔をあげる不動の目線を捉える。
逃してなるものか。


「お前が、好きだ。」


そう導き出した俺の答えに、不動は再びぐったりと俺の肩に頭を置き、小さな声で「死んでくれ…」と呟いた。




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