ノヴァ











この季節、春はとても心地が良い。
河川敷の芝生の上に座るとそのあたたかな日差しが芝生自体にも心地良い熱を与え、それがどうにもぽかぽかと体を温めるのである。
日も大分長くなってきて、ぼんやりと川の流れや河川敷のグラウンドでサッカーをする小学生たちを見ながらぼんやりと待つのが高校に上がってからの俺の日課だった。
今日は始業式だったから授業もなく、日中にこの場所にやってこれた。
いつもは夕方だったりするから心地いいのは心地いいのではあるが、矢張り昼間の燦々と降り注ぐ太陽が一番気持ちが良い。
風はまだ少しだけ肌寒いが、けれどその風も太陽が少しだけ熱を持たせてくれて我慢できない程ではない。
今この芝生の上に大の字で寝っ転がれば直ぐにでも眠ってしまいそうだ。
まだ待ち人も来なさそうだし、それもいいかもしれない。
そう思い直して直ぐにどさりと地面に寝転がると、自分の髪と同じ色をした芝生が頬に当たってくすぐったかった。
それになんだか一人楽しくなって傍から見ると多分完全に不審者には違いないけれどにやにやしつつ、その心地よさが全身を襲ってあっという間に体中を駆け巡る。
うとうととして、最後に見たのは眩しい太陽の光で、そっと目を閉じると瞼の裏はその光のお陰か真っ赤だった。


「……ん、」


次に目を覚ました時には少しだけ日が暮れていて、一気に目をかっぴらいた。
一瞬何が起こったのかわからず、なんというか瞬間移動したかのような錯覚に襲われる。
なんというかまあ、寝ようと思ってねっ転がったのは自分なのではあるけれど、でもまさか少し空が夕焼けに染まっているとは思わなかったのである。
そしてしまった、とあたりを見渡すと、直ぐ横にずっと待っていた人物が座っていた。


「おはよう。やっと起きたのかい、緑川。」
「ヒロト…っ!」


にこりとなんともゆったり微笑むヒロトの姿を確認するや否や、急いで飛び起きた。
多分待っている間に眠ってしまったのだろう、随分と体はすっきりとしているが、けれど横に座るヒロトももしかして付き合わせてしまったのではないだろうか。


「…っ!何で起こしてくれないんだよ!」
「気持ちよさそうに寝てたから。」


そういってにっこり微笑むヒロトにどんな顔をしていいのか。
俺とヒロトは通っている高校が違う。
けれど全く遠いわけでもないからこうして時間があう日だけ此処でお互いがお互いを待っているのだった。
どうせ帰る場所は一緒だし、ひとりで帰るよりかは誰かと帰る方が楽しいし。
いつの間にか一緒に帰ることが日常と化していた。
今日は午前しかないから早く帰れると思っていたのだが俺がうっかり寝こけていた所為でもう夕方だし、横に座っているヒロトもまだ学校指定の学ランを着込んだままだったから、多分ずっと俺の横に座っていたんじゃないだろうか。
放り出された学生鞄はいつの間にか綺麗に2つ並べて置かれているし、なんだか申し訳なくなってしまう。


「ごめんヒロト。」

そこまで考えて即座にそう謝るとヒロトは不思議そうな顔をして、なんで?と聞いてきた。
俺は地面に生える草を見つつ、ごにょごにょと時間…と単語を口にするとそれだけでは何も伝わる筈もないのにああ、と合点がいったかのようにヒロトが声をあげた。


「昔はさ、外でぼんやりするのって多かったけど今はあんまりないから新鮮で楽しかったよ。」


偶にはこういうのも悪くないね、とそう続けられた。
恐る恐る顔を上げ、ヒロトの顔を見るとまた笑っていた。
それをぼんやりと眺めているとヒロトの手が頭に伸びてきて「気にし過ぎ」と今度は別の意味で笑われてしまう。
いつもなんだかんだで子供扱いされてしまうのは不服だが、ヒロトのひんやりとしたとはいえ嫌いじゃない。
寧ろ太陽の光を吸収してあたたかくなりすぎた俺の頭には酷く丁度よく、心地が良いのである。
つられてへらりと我ながら締まりのない顔で笑うとヒロトがじゃあ行こうか、と促してきたので頷いて立ち上がる。
サッカーはするがあまり外で遊ぶことは少なくなった。
なんだかヒロトの言うように、懐かしい気がして立ち上がったまま暫く川を眺めてしまう。
夕日がきらきらと反射してなんとも言えない綺麗な色を反映していて、あまり最近こういうのは見ていなかったように思う。
大きくなると見えていなかったものが見えてるようになる反面、その逆も然り。
けれど変わらないものもあるのだと、ヒロトを見て思う。
今も昔も隣にいるのはヒロトだなぁと。
当たり前のことがなんだか嬉しくなってきてもう河川敷を登りきって此方を見ているヒロトに続いて、緩やかな斜面を登り始めた。





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