対処の仕方











先に根を上げたのは佐久間の方だった。
部活も等に引退して、もう大学受験のために一心不乱に勉強する時期になっているのではあるが、何分続く模試達は全くもって待ったをよしとしない。
俺も佐久間も志望校に一応受かりそうな成績を持ち合わせてはいるのだが、けれどそれを維持するには矢張り勉強を続けなければならず、息つく暇もない。
今日もその多くの内のひとつの模試を片づけたところで、本日最後の教科が終わり、答案を回収したところで机に頭から湯気でも出そうな程に完全燃焼し尽くした佐久間が、机に突っ伏した儘、言ったのだ。


「……サッカーしたい。」


それもそうだ。
部活を引退してからというもの、本当に勉強をメインにお互い頑張ってきたのでサッカーを全くしていない。
まあ大学に行っても続けたいから個人の特訓は欠かさなかったのだが、けれど引退前とは違い授業が終わればサッカーに打ち込む、などといったそういう本格的に長時間サッカーをする機会はまるでない。
今でこそ成績が志望校に届いているものの、矢張り今までサッカーばかりやってきた手前、ここまで持ってくるのは本当に苦労した。
佐久間も必死になって教科書に食らいつき、本当にやっと、なのである。
しかし幼いころからサッカー一筋、ずっと打ち込んできた佐久間にとってはもう限界なのだろう。
勉強が嫌いなわけではないのだろうが、サッカー禁断症状といった具合か。


「佐久間、起きろ。」
「あー…源田、」


ゆるりと頭を上げるともうその顔はなんというか、極限までげんなりとしていて、これはもう限界なのだろうなということが一目でわかる。
そんな佐久間のぐったりとした腕を引っ張り上げつつ、無理に立たせる。
何の抵抗もなく好きにしてくれ状態な佐久間の腕をもう一度引っ張り、教室の外に出るとやっとのことで佐久間は「なんだよ」と声を出した。
如何せん、人のことは言えない。
俺も限界で妙にうずうずしているのであった。
引っ張って連れてきたのはサッカー部のグラウンドで、今は後輩も授業中なのだろう、誰もいない。
俺たちの学年は模試が終われば今日はもう授業はなく、まあHRにいなくとも問題はないだろう。
引っ張ってこられて久しぶりのグランドに嬉しいのかそうじゃないのか、佐久間は二度程瞬きをした。
そんな佐久間に後輩がしまい損ねたのであろうボールを投げて寄越す。
それを胸で佐久間が受け取ると、懐かしいボールと体がぶつかる、いい音がした。
まだ引退してから半年すら経っていないのに、もう懐かしいなどとよっぽど俺もサッカーが恋しかったのだろう。
佐久間が受け取ったボールを下に落とし、足で踏みつける。
バシッとこれまたいい音がして足と地面の間に挟まれたボールはきちんと動きを止めた。
そのボールの動きを目で追った後に佐久間が顔を上げる。
なんだか戸惑っているようにも見えたので懐からいつも持ち歩いているグローブを取り出して見せてやると至極嬉しそうに笑った。
上着が汚れるとまずいので上着を脱ぎ、Yシャツとスラックス姿にグローブを嵌める。
少しだけ変な感じがするが、まあユニフォームは流石に持ち合わせていないし、今日は模試だけで体育すらもないからジャージを持ち合わせていないので仕方ないだろう。
長年使い続けたグローブは手に馴染み、ぎゅっと奥まで嵌めて手を握ったり開いたりして感触を確かめた。
一人で個人練習する時も同じものを嵌めているのに、矢張り相手がいるのといないのとでは意気込みが違うらしい。
使い慣れた、けれどもう既にもう少しだけ懐かしくも感じるゴールの前に立ち、腰を落とす。
一度手をバシッと叩いて、佐久間にその手を開いて見せた。


「こい、佐久間。」
「おう!」


佐久間が嬉々として蹴るボールを受け止めると矢張り部活をしていた現役時代よりも重みがあって、ああやっぱりひとりでやってたんだな、と思うと思わず笑みがこぼれる。
矢張り今までずっと生活の一部であったものをそう易々と手放せるわけがないのであった。
多分それはきっと俺たちだけではなくて鬼道や円堂たちも同じだろう。
要はサッカー馬鹿なのである。
受け取ったボールを「いいぞ、佐久間!」と練習していた時同様に投げ返すと、佐久間がそれを受け止める。
そんなことをやって、気付けば日はとっくに落ちていて、思う存分サッカーをして満足したので返ることにした。
案の定、教室にはもう誰もおらず、俺たちの鞄だけが机の横にぶら下げられていて、浮いている。


「源田、Yシャツどろどろじゃないか。大丈夫なのか?」
「佐久間だって人のこと言えないだろ。」


白かったYシャツは土塗れでどろどろと汚い。
ところどころ茶色が混じった白が、けれど嫌いにはなれず、寧ろなんだかそれが嬉しかった。
流石に折角脱いだ上着を着ることなんて出来ず、畳んで鞄の中に入れる。
佐久間が無遠慮に鞄の中にぐちゃぐちゃと突っ込みそうになるのを制止して、佐久間の上着も畳んで佐久間の鞄に入れてやった。
そのまま教室を後にして帰路につく。
なんというか体全体が心地よい疲労感に満ち満ちていて、気だるい筈なのに妙に気分が高揚する。
たった数か月前まではこうだったのに、なんというか。
勉強ばかりでは矢張り気が滅入るばかりで、たまにはこういう息抜きも大切だな、と実感した。
佐久間もなんだか上機嫌そうであるし、まあよかった。


「源田、またやろうぜ。」
「ああ、行き詰ったときにでも。」


そう言ってやると「おう」と矢張り機嫌の良い返事が返ってきて、こちらとしてもとてもうれしい。







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