後の祭り









正直、目を疑った。
まさかどうしてなんでそんな恰好をしているのかと、一回ゴーグルを外して確認したほどである。
至って平然と目の前に立っているそいつは、真・帝国学園の指定ジャージの下に不釣り合いなこれまた学校指定のスカートを着用していたのであった。
髪型だって全く変わらず変に目立つモヒカンであるのに、何がどうしてそんな恰好をしているのか。
男にしては綺麗な脚がすらりと少し短めの膝より少し上のスカートから伸びていて、正直目のやり場に困る。
いや、目のやり場に困るというのもあるが、もう本当に普通に不動が恥ずかしげもなく突っ立っているので思わず三度ぱちくりと瞬きをしtた。


「…………不動?」
「ん、なんだよ。」


不機嫌なのか上機嫌なのかよくわからない対応をされてより一層に困惑する。
頭、大丈夫か?と思わずなんとも不躾な悪口とも思える、自分らしくもない発言を不動にした。
不動は今度は手に取るように不機嫌そうに「ああ?」とドスの利いた声を出し、俺に一歩近づいた。
いや、頭が可笑しいのは多分俺の方なのである。
この妙にちぐはぐとしたアンバランスさが堪らなく良いと思ってしまっている当たり終わっている。
男の女装、同姓がただスカートを履いただけでこんなにも困惑し、しかも心の内では密やかに喜んでしまっているのである。
どうやっても、どちらの感情を取っても冷静ではいられない自分を地味に恥じる。
けれどどうしてこんなにも違和感がないのか、本人が平然としているのか。
そこが釈然としない。
無理にスカートを履かされようものなら不動は全力で逃走しそうであるし、ましてこんなに普段どおりなわけがないと思う。


「お前どうしてそんな恰好しているんだ。」


そう疑問をそのままぶつけてみると、不動はああ、と片眉をぴくりと動かして話し出す。
不動の話によるとこうだ。
水道で顔を洗っていると、後ろからマネージャーがやってきたらしい。
無防備になっている不動を驚かそうとしたらしく、背後からどん、と背中を押したのだそうだ。
完全に油断していた不動は、その拍子に下に向いていた蛇口を上に向けてしまったらしい。
そのまま勢いよく宙を舞った水が、ばしゃりと不動の全身を濡らし、着ていたユニフォームをびしょ濡れにしてしまったそうだ。
ジャージを取りに戻ろうとしたところ、慌てたマネージャー(多分久遠辺りじゃないだろうかと勝手に予測してはいる)が、自分のジャージの上と制服のスカートを寄越してきたのだそうだ。
で、今の状態なのだそうである。
いやまあ、女子は押しの強いところがあるしなんやかんやで着せられたのだろうと安易に予想がつくのではあるが、けれど今こうして平然としているのは如何なものか。
お前らしくないぞ、と大声で言ってやりたい程に、不動は普通だった。
もしかして何かに目覚めたのではないか、と妙なあせりさえ生まれてくる。


「不動、気は確かか?」
「何が。」
「なにがってその、かっこう。」


思わずしどろもどろになりつつも不動にやっとのことでその格好はおかしいぞ、という意思をアピールすることに成功する。
不動は少し首を傾げるように、何かを考え込むような表情になり、自分の足元をちら、と見て、ああ、と納得したように呟いた。
そしてまた一歩、俺に近づいて本当に目の前に不動が立つ。
腕を組み、俺をじっと、笑うこともせず見据え、言った。


「鬼道くん、今から俺の言うことを聞いてもらう。」


となんとまあよくわからない命令をされて、けれど動揺しきっている俺はそれを疑問に感じつつもあっさりと頷いてしまった。
じゃあまず、と不動は俺を上から下まで何故か見尽くし、そして静かに口を開いた。
その周りに聞こえるか聞こえないか何故か小さな声で、「目をつぶれ」と言われる。
先ほど頷いてしまった手前、それを素直に受け入れて目をぎゅっと瞑ると、それに重ねるかのように「いいって言うまで目をあけるな」と言われた。
視界は勿論真っ暗で、太陽の光の所為でちかちかとところどころに白…いや、赤だろうか、それが舞う。
何をされるのか少し緊張しつつ、けれどこれが一体それに対してどういう答えを見いだせるのか皆目見当もつかない。
するとだらりと下にしたままの腕が自分の意志ではなく上に持ちあがってなんだなんだと思っているとそれはどんどんと上に持って行かれた。
多分腕を掴まれているのだろう、されるがままに力を抜いたまま、重力に抵抗していく。
それがある位置で停止した。
不動に掴まれている部分以外に触れる何かがあって、それが何かよくわからない。
けれど多分、予想するに不動の体の一部であるであろう。目の前には不動しかいなかったわけであるし、その腕を真正面に、上に持ち上げられたのだからその推測は多分正しい。
手のひらに触れる不動の体は妙に柔らかく、なんだかよくわからない。


「…?」


疑問符を頭の中にいくつも作ることしか出来ず、指をそのまま動かすと、ふに、とした感触とともに不動の体全体がびくりと震えた気がした。
驚いてそのまま不動に言われたことも忘れて目をかっと開く。
いや、その一瞬で今自分が何処を触っているのか把握してしまったので余計に驚いてしまったのであるが。
思いっきりその予感は的中していて、眉間にいつも以上に皺が寄っているのが自分でもわかる。
柔らかなそれは明らかに不動の旨のあたりにあり、そこに手を持っていかれて思いっきり鷲掴みにしていた。
状況が把握できず、暫く固まっていると、不動がにやり、と笑う。


「目、いいっていうまで閉じとけつったろ。」


その言葉にはっと我に帰り、自分が今確実にとんでもないことをしでかしていることがありありと頭の中に流れ込んできて、慌ててその手を離す。
何だ今のは、とぐるぐると回る思考回路は確実に焦りと驚愕が入り混じって、正常ではない。
いや、まさか、そんな。
けれど先程の感触は正しくそれで、なんというか、その、え?


「……不動、」
「なに?」


けれど確信付いた言葉を発するのはとても躊躇われる。
そんなことは全く、有り得ないことだからである。
有り得ないという根拠はまるでないのではあるが、脳がそれを全力で拒否している。
もしその仮説が実際に正しい答えだったとして。
今までその、そんな相手にとんでもないことを幾度となくしでかしてきたと思うと全力逃避したくなるのも当然で。
不動の名前を呼んで、冷静に考えてみると、不動の事であるからもしかしたら此方も全力でからかいにかかってきているのかもしれない。
というかそうであってほしい、と願いを込めて、もう一度そこに触れた。
ふに、という感覚に最後の願いを込めて問う。

「…………何か詰めてるのか?」


そうやっとのことで言い放った瞬間、脛にいい感じの蹴りが入った。
それはもう、至極、痛い。
服装はユニフォームではないものの、靴は思いっきりスパイクなのである。
なんというか、良いところに、食い込むというか刺さるというか。
ただその痛みのおかげでどうにも、やっと状況が把握できた。
無言で痛がりつつも冷静な脳内がそれを整理して、嘘だろうという現実をようやく飲み込むことが出来た。


「やっと分かった?鬼道くん。」


と至極楽しそうな不動を見て、今更自分が何を仕出かしたのか理解して頭が真っ白になった。







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