きらきらひかる言葉の羅列









待ち合わせは日曜日。
午前11時に駅前。
昨日眠る前にどれだけ頭の中で反芻したことだろう。
しっかりと頭に叩き込んだそれを、けして忘れたわけではない。
けれど今私が全力疾走しているのは紛れもない現実である。
こんなはずじゃなかったのに、と頭はぐるぐるとパニック状態になってしまっている。
履き慣れないヒールに踵が悲鳴を上げているが、そんなことは知ったこっちゃない。
前日に服は全て園の女の子たちに相談して決めていたのに、いざ当日となると不安になったのだ。
可愛い可愛いと煽てられて買ったものの、膝上のスカートはどうも落ち着かない。
制服以外にスカートを履くだなんて幼稚園以来だし、ひらひらしたものは自分には似合わない、とすら思う。
いつもはポニーテールの髪も丁寧にといて、今日は下ろしておいた。
少しでも女の子らしく見えますように、と願掛けをしつつ。
けれど鏡の前で右往左往し、気付いたときには待ち合わせ時刻が迫っていた。


「おい、お前、時間。」


と晴矢が声をかけてくれなければ、もしかしたら気付かなかったかもしれない。
心の中でそれはもう、すごく感謝して急いで園を飛び出した。
同じ園に住んでいるヒロトとの待ち合わせ。
待ち合わせは外の方がいいんじゃないかな、折角のデートなんだし。
とさらりと言ってのけたヒロトは、随分前に出て行ったらしく、姿は見えない。
幾ら現地集合とはいえ、あまり早く出られると余計に焦る。
履き慣れないヒールは、スパイクとは全然違い、足が上手く前に進まない。
どう足掻いても小走りになってしまうが、脱いで走るわけにもいかない。
出来るだけ素早く足を動かしつつ、これまた出来る限りの全力疾走。
今後時計はしっかり確認することを肝に銘じておこう。
まぁもう後悔しても今更であるわけで、ものすごく急いでいるわけであるが、息が切れる。
けれど懸命に歩を進め、やっとの思いで辿り着いたときには、10分程、待ち合わせ時刻を過ぎたあたりで、周囲を見渡したがヒロトの姿が見当たらない。
乱れる息を整えながら、頭は悶々と回る。


(もしかして…帰っちゃった?)


嫌な予想だが10分の遅刻なのである。
待たせる方には問題ないのだが待つ方は相当な時間に違いないのだ。
どうしよう、と気持ちが落ち着かず、今更足がずきり、と痛んだ。
気持ちだけが一人歩きして、身勝手だったと、後悔ばかりが募る。


「緑川?」


すると背後から声を掛けられ、その声が妙に聞き覚えのある、響く待ち望んだ声に勢いよく振り返ると、そこには帰ったかもと思っていたヒロトが立っていた。
その手には炭酸飲料の缶が握られている。


「ごめんね、待った?」


そう言うのは私の方なのに、ヒロトはそう言って笑う。
穏やかな笑みに安堵しつつ、けれど申し訳なさに俯くと視界に先程ヒロトが手に持っていた缶が俺に差し出されていた。


「え?」
「走ってきたから疲れただろ?飲みなよ。」


そう言って差し出してくるそれを受け取るとそれを持っていた手が私の頭に移動する。
いつも以上にひんやりとしたその手は、さっきまで走っていた分体温が上昇していて酷く心地が良い。
ヒロト曰わく、晴矢から電話があったそうだ。
今全速力で走ってたから安心して待ってろ、という旨で。
電話したことは言うなって言われたんだけど、と苦笑するヒロトを見ながら、同時に晴矢に本日二度目の感謝をした。


「あと緑川、」
「ん?何?」


そう言ってヒロトは目を細めた。
頭に置かれた手が、私の頭を撫でながら、ヒロトは嬉しそうに笑う。
何が嬉しいのかはわからないけれど、ヒロトが嬉しいなら私も嬉しくなって、つられてへらり、と笑って見せた。
それに満足そうにヒロトは頭から手を離し、しゃがみ込む。
下から私を見上げるような格好で、私を見た。


「ありがとう、俺の為にお洒落してくれたの?」
「え、ええっ!?」
「うん、可愛い、似合ってる。」


そう言ってまた笑うヒロトに恥ずかしさから頬が紅潮するのがよくわかる。
けれど。
ヒロトの一言一言に、似合わないだとか、そういう不安が一気に払拭されてしまうのを純粋にただ、すごい、と思った。
ヒロトがすくっと立ち上がり、自然と私の右側に立って、手を握る。
それはすごく流れるような動作だったのに、ヒロトの手は少しだけ汗ばんでいてヒロトも少し緊張しているのかと思うと可笑しくなった。
そしてそのまま、その手をぎゅっと握り返す。
恥ずかしいし、緊張もしているけれど、ヒロトの紡ぐ言葉と一緒で、心地が良い。






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