取って喰われろ










鋭い視線が射抜いて、それを身に受けた瞬間、ぞっとした。
けれど次の瞬間にはそれは酷く愛らしい、美しいと女子たちが称したように、その形象が実に似合う笑みを浮かべる。
そんな互い違いのよくわからない行動をする目の前の男を、俺は全く理解できない。
そもそも人種が違うのである。
毛色が、違う。
同じ志を持ってこの学園に入ってきたであろうであるのに、全く持って違う。
正反対と言ってもいい。
似ているところと言えば、喧嘩っ早いところくらいではなかろうか。
その男は俺を壁に押し遣り、柔らかく笑っている。
けれど目が笑っていない感じがして、いけすかない。


「エスカはさ、他の人とは違うね。」
「…はあ?」


突然人を抑えつけておいてそんな途方もなく訳が分からないことを言ってのけるこいつに少しイラつく。
他の奴とは違うなんて、人間なんだから同じもへったくれもあるか、と思う。
逆に同じ人間が大量に生産されていたらそんなものはロボットであり、温かなそれではない。
それが俺の持論である。
というか一般的にそう考えるのが当たり前なのである。
十人十色とはよくいったもので、先程も言った通り学園には同じ志を持っていても俺とミストレーネのように正反対な人間だっているのだから。
けどこいつにとっては違うらしい。
その他大勢と、俺。
あ、あとバダップ。
そういう判断らしかった。
俺のその意見に対しての拒否の姿勢が伝わったのか、ミストレーネはぐっと近づいて、鼻先が当たるんじゃないかと言う距離で止まる。
俺の足と足の間にこいつの足が侵入してきて、文字通り急所を取られた感覚がする。
ぐっとそれも寸止め状態に持ち上げられて、けれど動いたら負けだと、避けることを簡単に良しとはしない。


「他の人は、こうして微笑んでやれば一瞬で俺のこと好きになるのに。」


そう言ってまた笑うその顔は正直近すぎて本当に笑っているのかどうか不明である。
その瞳には俺の目が移ったままだし、けれど空気がそんな感じがした。
こいつが言いたいのはこうだ。
その他大勢はこいつのことが大好きで大好きでたまらない。
美しい造詣の顔で、ただ悪戯に微笑んでやるだけで誰もがミストレーネのことを称賛する。
けれどそれが俺は違う、と言いたいのだろう。
正直男の顔に興味がある男ってどうなんだ、とすら思うし、何故その対象に俺がいれられているのか全くわからん。
いや、理解したくもない。
こいつは酷いナルシストであるから、俺がこいつにほほ笑まれてもなんとも思わないことを知って、自尊心が傷つけられた、というところだろう。
そうだとしたらこいつのプライドというものはなんともちっぽけなのか、と鼻で笑いたくなる。


「エスカは俺のこと嫌いだろ?」


そう聞いてきたのでああ、とはっきりと返してやる。
嫌い、と言われると確かに嫌いだ。
こういうタイプは虫唾が走るほどに嫌いな部類だ。
周りに媚を売り、その周りの反応がどういったものか、自分の価値が如何程かを知っている。
知っているからこその行為が腹だたしい。
そういうもので築き上げられる人間関係なんてろくなものじゃないからだ。
告げてやると、ミストレーネは目を細めた。
笑っているのではない、決して。
ぐっと足が上へあがって、圧迫されるが逃げることは俺のこれまたちっぽけなプライドが許さなかった。


「…へえ、そっか。」


そう言って、距離が一瞬で0になる。
いつもは優雅にふるまう癖に、妙なところで荒々しい。
唇に触れる唇はまるで噛みつくかのように、がぶり、と俺の唇に覆いかぶさった。
それは正直予想していなかった出来事で、慌てた。
それを知ってか知らぬか、ミストレーネは何度も角度を変えて俺の呼吸を奪う。
掴まれた手首が痛いだとか、そういうことは何処かにいってしまって、はくはくと、酸素を欲しがる体が憎い。
ようやっと離したときには息が切れ、三半規管を鍛える必要があるな、と何処か冷静なところがそう考えさせた。
乱れる息に満足したのか、口の端を舐めながら普段の取りまきたちには見せない、極悪の表情でにやり、と笑って見せた。


「…お前、俺のこと嫌いだろ。」


今度は俺の方がそう質問した。
それにミストレーネは鬱陶しそうに横髪を払いのけた後、言う。


「勿論。」


嫌いだからこそ、思う通りにならないのが腹が立つ、と続ける。
それに腹が立って口の中のたまった唾液を床に吐きだしてやると、汚い、と一言呟かれた。




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