ゆらゆらと ガタンゴトンと揺れる電車に、イヤホンから流れる音楽を合わせる。 いつもはハードなロックばかりを聞いているのだが、朝のゆったりとした時間はゆるやかで透き通る女性ボーカルの歌声が聞きたくなる。 かちりとボタンを操作し、滑らかなギターの音が鼓膜を震わせる。 外を一瞥すると、嫌と言うほどに燦々と降り注ぐ光は、何故か全てを透き通ってみせた。 通勤ラッシュは少し過ぎ、比較的緩やかになった車内で、けれど座ることは叶わないから立って扉に持たれた。 そして手持ち無沙汰であるために、折り畳み式の携帯電話をぱちり、と音を立てて開く。 ガタン、と揺れる振動にその都度重心を変えながら、ネットのメインメニューに意味もなく目を通した。 家にはテレビなんてそんな高価なものはないから、世界情勢などといった、情報収集は携帯で行う。 携帯がなければきっと世間から切り離されていただろうと思うと、少し依存し過ぎではないかとぞっとした。 まぁけれどこうやって普及している分には利用していても何の問題はないだろう。 一通りニュースに目を通して一段落。 携帯を閉じ、上着の内ポケットにねじ込む。 そして揺られる振動と、耳元を流れる音楽に身を任せるように、より一層扉に凭れながら目を閉じた。 朝特有の眠気と相まって、直ぐにでも其方の世界に旅立ってしまいそうだ。 けれどなんだかひとりの時間のように心地良く、ゆらゆら揺られて妙に穏やかで。 淡い何かが周りを漂っているような感覚に苛まれる。 しかし心地良い音に上乗せするように空気がプシューと音を立て、聞き慣れた声が到着を告げる。 まあまだ降りる駅ではないのだが、ゆっくりと目を開けた。 「…っ、」 瞬間、全ての音が消えた気がしたように、驚いて目を見開いてしまう。 相手は相変わらずなポーカーフェイスで目の前に突っ立ている。 そして再び扉が閉まる音がして、電車がゆったりと動き出した。 取り敢えず落ち着こうと一度息を吐いてから相手の顔を見やると、鬼道はぱちりぱちりと二度、瞬きをした。 「…なんなの、」 「いや、丁度電車にお前が乗っているのを見かけてな。眠っているようだったから声を掛けようかどうしようか迷ってたんだ。」 「………あっそ。」 俺は本日二度目のため息を盛大に吐き出した。 そもそもこんなにも近くにまで寄ってくる必要ないだろとか、普段は車の癖にとか思いつつ、なんだがそう考えるのも馬鹿らしくなってイヤホンを力任せに引っこ抜いた。 先程までの独特な空間は形をあっという間に変えてしまい、見知った奴ひとりが介入しただけでこうもがらりとしてしまうものか、と思う。 取り敢えず俺と同様に俺の横に並んで扉に凭れた鬼道はふぅ、と息を吐いた。 「お坊ちゃんには電車通学はさぞつらいだろ。」 先程驚かされた仕返しに、引っこ抜いたイヤホンを巻き取りながらいやみたっぷりにそう言ってやると、鬼道はなんとも想像していた反応をせず、「少しだけ」と前を向いたまま言った。 中学の頃は突っかかれば突っかかる程面白い程に反応した癖に、もう慣れてしまったのかあまりそういう反応を頂けなくなってしまった。 まぁもう四年の付き合いであるし仕方のないことではあるんだろうが、矢張り妙に落ち着かない。 俺も逆に嫌がらせの如く真っ直ぐ素直に対応してやろうかとも思ったが、それは俺自身に対するセルフ嫌がらせにもなりかねないなんとも自虐的な行為に違いないのでやめておいた。 想像しただけで肌が粟立つ。 「まさかこんなに人が多いとは思わなかったな。」 「何言ってんの鬼道くん。通勤ラッシュのときは身動きとれねぇくらいなんだぜ?」 「…ほう、成る程。これはまだまだ序の口なのか……。」 何が成る程なのか、しっかりしている癖に変なところで抜けているというか妙に糞真面目というか。 今日も社会見学のつもりなのだろう。 なら月曜の朝じゃなくて金曜にすればいいのに。 一週間の体力を最初に大量消費してどうすんだ。 頭良い癖に馬鹿なのか。 鬼道の通った横顔をちらり、と盗み見ると鬼道も気付いたのか此方を振り向いた。 そして柔らかに微笑んで見せるので「なんだよ、」と鬼道に声を掛けるとより一層鬼道は目を細めた。 「いや、電車通学も悪くないな、と思って。」 「なんでだよ、疲れたんだろうが。」 「不動と朝一番に会えたしな。」 そう何でもないように言ってのけて、また笑って見せるので俺は目線を逸らせて「……そりゃどーも」と返した。 それ以外にどう返せばいいのかも検討がつかないし、これで大丈夫。 合ってる。 そんな俺にも上機嫌な鬼道はお構いなしに、俺の巻き取ったイヤホンに触れた。 「何を聞いてたんだ?」 「内緒。」 「…そうか、それは残念だ。」 鬼道の良いところなのだろう、人が嫌がることはあまり執拗に要求しない。 しかし離れる指がなんだか名残惜しそうに見えて、ああ、もう仕方ないとばかりにイヤホンをびっと引っ張った。 それの右側を鬼道に、ん、とくれてやると鬼道はまたぱちりと瞬きをした。 「聞くの、聞かねぇの。」 その返事を待たずに俺はもう片方を自分の左耳に乱暴にねじ込む。 理解したのか、「ありがとう、不動」とイヤホンのもう片方を鬼道は俺より幾分丁寧に押し込んだ。 なんだか妙に緊張しつつ、かちっ、と再生ボタンを押す。 先程と同様のゆったりとした音楽が流れ始める。 方耳では心許ないが、けれど隣の鬼道を見るとそんなことはまるでどうでもよくなった。 ガタ、と揺れ続ける振動が心地良い。 外はこんなにも晴れているし。 そうして着くまでゆっくり。 そっと目を閉じた。 . |