2つの熱









頭がガンガンして、舌の根が完全に熱を持っていて熱い。
視界はぼんやりとしているし関節がぴきぴきと音を立てているように響く。
これは多分、まあ確実にそうだろうと思うがけれど認めたくないし、きっと熱を測れば余計に気が滅入るだろうから敢えて測ってやるものか。
といつものようにジャージに着替えて廊下に出た。
もう兎に角熱を放出し続ける体は、何を求めているのかさっぱり分からず、けれどどうしても今練習を抜けるわけにはいかないという使命感と責任感だけに突き動かされているのだ。
部屋から出て、前方を向くと不動が突っ立っていた。
まあ突っ立っていたというよりかはたまたま通りがかっただけなのだろう、けれどとりあえず挨拶しようと口を開こうとした。
けれどそれは叶わない。
一瞬動きを止めたように見えた不動はずかずかと近寄ってきて、俺をとん、と押す。
締めたばかりの扉に背中を預けてしまい、なんだなんだと思っている間にこれまたものすごい勢いで不動の手が伸びてきた。
思わず目を閉じて衝撃に耐えたが、けれど思っていたほどの衝撃はない。
不動にしては実にやさしく、柔らかにさっきまでの勢いは見間違いだったのかと思う程緩やかに額に手を当てられた。 


「なに、鬼道くん、これで練習いけるとでも思ってんの?」


語尾に微妙に混ぜられた怒気に負けじとしかし、今俺が抜けては困る、と主張しようとするが、けれどそれもお見通しなのか不動はぎろり、と睨んできた。
額に当てられた手に少しだけ力がこもり、けれどそれは極力負担をかけまいとしているかのようではある。
そしてもう片方の手を知らぬ間に、体の後方に回されていて、気付けばガチャリとドアノブを回されていた。
あ、と思った時には既に、開けられたドアに全体重を掛けていたためぐらりと体は後方へ。
上半身が部屋に侵入してしまったところで不動がしっかりとその細腕で俺の体を支えていた。
そして不動がにやり、と笑う。
それは先ほどの手の動作からは同一人物とは思えないなんとも悪い笑みである。
そして俺の顔を覗き込みながらこう言った。


「大人しく寝てねぇとぶっ飛ばす。」


なんとまあ、病人を気遣うにしては粗雑で荒々しい言葉である。
そして動作も同様で、そのままの少し無理な体制の俺の体をズルズルと引き摺って、ベッドに放り投げた。
そんな細腕に人一人放り投げる力があるのか、と驚愕したが、熱があるため多分少し浮遊感があるのだろう。
実際は普通に不動がベッドまで俺を連れて行って手を離しただけなのだが、それをそう勘違いしてしまう程俺の体調は芳しくないと実感させられてしまった。
ベッドに引き摺りこまれるように体が重く、頭もとても重い。
まるで鉛を体内にしこまれたかのような、がんがんと鳴り響く音は何処から聞こえてくるのか。
そのままされるがまま、ベッドに仰向けに寝て天井をぼんやりと見つめていると、バタンと扉の閉まる音が聞こえて、近付いてくる足音にだるい頭をゆっくりと向けるとその音の正体は不動だった。
俺がぼんやりとしていた間に一旦部屋の外に出ていたらしい。


「…布団ぐらいかぶっとけよ。」


そう悪態をつかれつつ確かにそれもそうだともそもそと布団に入る。
体が思うように動かず、やっとのことでそれを完了すると、掛けたばかりの布団を不動が剥ぎ取った。
何をするのかとぼんやりする頭で不動の後を追うと、服の襟元をぐいっとひかれ、脇に体温計を突っ込まれる。
そのひんやりとした感覚に少しだけ身体が震えたが、そのまま不動が布団を元の位置まで、いや少し多めにぐいっと引いた。
そして今度は足元をべろりとめくる。
体温計はわかったが、今度は一体何だ、と思うと何か温かいものを投入されて布団を元の位置に戻される。


「…何だ?」
「何って湯たんぽ。」


あったけえだろ、と続けて俺が今風邪をひいていて視界不良の所為でそう見えるのか少しだけ柔らかく笑って布団越しの俺の腹辺りをぽんぽん、と叩いた。
それがどうにも心地よくうつらうつらとしていると、ピピピピと機械音に起こされてしまう。
不動が今度は「ちょっとごめん」と断りを入れてから布団をめくってそれを取り出した。
なんだかもされるがままだな、と苦笑し、そして不動の顔を見やると、不動は眉間にこれでもかと深い皺を刻んでいた。
そしてすっと音もなく立ち上がり、ユニフォームのポケットから携帯電話を出す。
ああ、不動のではない、俺のだが。
何を勝手にいじっているのか、けれどそれも何か考えがあってのことなのだろう、それに見られて困るものでもないし、と思っていると電話をするのか耳に俺の携帯を当てて外に出ていってしまった。
ぱたり、と閉じられた扉をぼんやりと見つつ、実に情けないことではあるが体調の悪い時にひとりにされるとどうしてこんなにも心細いのだろうか。
何故か少しだけ心の中を支配する寂しさを感じつつも、まあけれど次の瞬間また部屋に入ってきた不動に心の底から安堵した。


「何、起きてんの。寝ろよ。」


連絡はしといたから、と俺の携帯を少し乱暴に机の上に投げて置いた。
そしてまた先ほどの椅子に座るので、俺は問う。


「…不動は練習に行かないのか?」


そういうと一瞬キョトンとして、そして言う。


「俺がいなくても別にわかんねぇだろ。」
「いや…そんなことは…、」
「それに鬼道くん、」


ベッドに手をついて身体をぐっと前傾させる。
そうすることで寝ている俺との距離がぐっと近づく。
不動はそしてにやり、と笑う。
けれど先ほど感じたのと同じようにいつもより柔らかそうなその笑みに、俺はぐっと息を飲んだ。


「俺がいたほうがいいだろ?」


そう核心突かれては何も言えない。
はあ、と熱い息を吐き出すと、不動はけたけたと笑った。
よし、わかったら寝ろ、と不動に促され、俺は目を瞑る。
人に甘えるのはどうしても慣れないが、けれど今日だけは許してほしいと思う。
心細いのはもう十分、矢張り誰かが傍にいてくれたほうが安心する。
不動がまたぽんぽんと、定期的なリズムで叩いてくるので目を瞑る。
相変わらず頭はガンガンと痛いが、けれど酷く心地いい。


「あ、鬼道くん、」


眠りに落ちそうなところでぐいっとその声に引っ張り上げられて、目を開けて不動のほうに向く。
すると今度はいつもの意地の悪そうな笑みだ。
それを不動がむけていて「今度100倍返しな」とそう言った。




戻る
.