お好きにどうぞ?









鬼道はマニアックそう。
と唐突に言われ、時が止まった気すらした。
いつものように特訓が終わり、晩飯を食べ、風呂に入り。
そして不動と今日の練習について話し合っていた。
その真っ最中に不動がぽつりと呟いた言葉は、どうにも、オレの頭では理解不能であった。


「……何だ急に。」


自分でもわかるほどに眉間に皺を寄せ、怪訝な顔付きをしてみる。
それに不動は「いやぁ鬼道くんからはマニアック臭がするよな」と再度言ってきた。
だから、何がマニアックなんだ何が。


「え、……性癖?」
「……不動、貴様。」


小首を傾げながら、けれどにやにやとしながら言う不動を睨み付けると、不動はより一層笑う。
恥ずかしがることないじゃん、と続けられ、もう既に俺がマニアック思考だということ前提で話が進められているようで大変遺憾である。
そもそも、人の趣味を他人がケチつけていいもんじゃない。
世間のマニアック思考の方に謝れ、今すぐ謝れ。
…いや、俺は違うぞ。多分。


「じゃあ普段鬼道くんはどんなエロ本読むわけ?」
「…っ!エ、エロ本…っ!?」


不動の口からいとも簡単に飛び出たその単語にむせそうになる。
思わず声が裏返ってしまいそんな俺を見て不動は堪らないといったように盛大に吹き出した。
そして次に顔を上げたときにそれはそれは嬉しそうに笑うのである。
新しい玩具を見つけた子供のようにキラキラと目を輝かせて酷く嬉しそうに。
あ、これは拙い。
盛大にいじり倒される自信がある。


「…う、いや、その…。」


しかしボロを出さないようにしようと思っても、どもってしまう。
あまりこういう話をしたことがないのである。
免疫がまるでないのでどうにも、そう話を振られてもどう答えていいかわからない。
まあそもそも、


「…読んだことがない。」


のである。
話に免疫云々の次元ではなかった。
そういえば記憶を辿っていくと、読んだことがない。
言っておくが興味がないわけではない、断じて。
寧ろこういうのも恥ずかしい限りではあるが、年頃なので興味は人一倍、ある。
まして女体に興味がない風に見えるからといって、男に興味があるわけでもない。断じて。


「……」


だがしかしそんなフォロー(口には出してはいないのだが)虚しく、既に疑いの目を向けられているわけだが。


「…不動、」
「なに。」
「…そんな目で見るな。」


やめろ、というが不動はやめる気配がまるでない。
寧ろ腫れ物に触るようななんというか心なしか距離があいたような。
じりじりとこれまたわざとらしく、距離を取っている。確実に。


「…何故距離をあける。」
「みのきけん」


棒読みもいいところ、不動はそういった後「流石にマニアック過ぎてフォロー出来ない」とかなんとか。
だから!違うと言っている!


「いや、たまたま読んだことがないだけで興味がないわけじゃないぞ?」
「読んだことないってだけで充分天然記念物ものだわ…。」


そう言って座り直した不動は先程より若干距離が縮まった。
確かにそう言えば読んだことはまるでない。
今まで暇さえあればサッカー雑誌を読む生活を繰り返していて、それを理由にしたくはないのだが、サッカー漬けの日々だったのだ。
そんな余裕は一切ないに等しい。
そもそも中学生がどうやって入手すればいいのか検討すらつかないわけで。全くもって未知の領域である。


「じゃあ鬼道くんはどのパーツがすきなわけ?」
「…パーツ?」
「そ、パーツ。俺はやっぱ胸かなあ〜」


とかなんとかいいつつ不動はなんの悪びれもなくそんなことをすらすら言うものだから少し動揺する。
好きなパーツ…異性を見たとき一番に目がいくところを言えばいいのだろうか。
だとしたら。


「……足、だな。」


すらりと引き締まった足は視線をいつも奪われる。
その人がどれほど鍛えているか一番分かる部位な気がするからだ。
その中でも白くて細く引き締まった足が好きだ。
そう、目の前の不動のような…、


「…っ!」


そこまで考えて一体自分は何を…!と思いとどまる。
女性の好みを話していた筈なのに、何故不動になる。
女体だ!女体!
不動は男であるし、全く最初の条件から当てはまらないではないか。
一体何を考えてるんだ、と頭を冷却しようと慌てて目を背けるが、それに併せて不動がにやりと笑った気配がした。
これは、拙い。
先程から墓穴を掘りすぎているような気がする。
ここは逃げるが勝ちだと勢いよく立ち上がろうとした。
しかし、既に不動によってそれは阻止されていた。
マントをがっちり掴まれていたのである。
冷や汗が背筋を滑るのを感じながら恐る恐る不動の方を見ると、案の定、とてもいい笑顔を作っていた。


「…へぇ、俺の脚がいいの?鬼道クンは、」


そう言って実に挑発的に組んでいた足をするり、と解く。
それにうっかり見惚れてしまう俺も俺だが、不動は実に愉快そうに、見せつけてくるのでどうしようもない。
目を逸らしたくともがっちりとマントを固定されていて、多分前を向くと首が締まる。多分。
そのまま何を思ったのか不動がすくっと立ち上がり、手も体と一緒に上にいった分、マントの首元が緩やかになる。
そしてそのまま、腹に蹴りを入れられて、押し倒される格好になってしまった。
何が起こったのか一瞬理解し損ねそうになったのだが、なんとか頭をフル回転して、今度は俺が不動を見上げる形になる。
不動はまた嬉しそうに笑って、言う。


「鬼道くんの好きな足で、思いっきり踏んでやるよ。」


嬉しい?などと、なんという外道。
そんなことされて嬉しいわけがないだろうが、と思ったがこの状況では何もできはしない。
とりあえずもうなんだか諦めよう、と全てを放棄して好きにしてくれ、とぽつりと呟いた。





戻る



.