軽く重く










豪炎寺はただ、真っ直ぐにいつも前を見据えているように感じる。
振りかえることをあまりせず、真っ直ぐにいつも、無言で見つめている先には一体何があるのだろうと少しだけ遠く感じてしまうこともある。
今だって、ぐっと前を向いた両の目は、何を捉えているのだろうか。
果たして豪炎寺の後ろにいるであろう俺の姿は、その目に映っているのだろうか。
付き合っているから、といってもそれは表面上、言葉だけの取り決めは酷く薄っぺらい。
何かが欲しいわけではないが、けれど矢張り、好きだからこそ不安になることは沢山あるのである。
などと自分らしくもない女々しい考えに、近頃陥る。
それはとても、暗く、醜悪で、酷い。
自分でもこんなことを考えたくはないと思っているが、それは何故だか沸々と湧きあがり、捉えて離さないのである。
ずぶりと沈んでいく感情が、ただただ浮上することもなく、それはどんどんと俺を後ろ向きにさせるのである。
けれどそれで黙っていられるほど俺も大人しくない訳で、それを打破するためにはどうすればいいのか知っている。


「豪炎寺はさ、俺のことどう思ってる?」


遠まわしなことは性に合わないので直接聞きだすことする。
普段からあまり表情の変わらない豪炎寺の目が、近しいものにしか分からない程微かに見開かれるのを見た。
帰り道に唐突に、前には円堂と鬼道が歩いているというのに聞いてくるものだから驚くのも無理はないと思う。
俺たちがそういう関係であることは周りには伏せているし、俺も人前でそういう態度を取ったことはない。
勿論豪炎寺も。
そういう暗黙のルールがお互いの内にあって、それを密やかに実行してきたのである。
だから驚くのも無理はないとは思うのだが、気になってしょうがなかったのである。
まあ、前の二人には聞こえないように小声ではあるのだが、けれどどうしてそんなことを聞くんだといったような顔をしているので少々申し訳なくなってしまった。


「どうした?急に。」
「…ああ、すまない。忘れてくれ。」


豪炎寺の声がいつもより重苦しいような気がして、先程聞いたことを訂正する。
言ってしまったことはなかったことには出来ないが、けれどそれで話を終わりにすることは可能なのである。
そうしてしまいたかったのにどうにも真面目な豪炎寺にはそれは通用することはなかったのである。
じっと横を歩きながら豪炎寺の視線を感じて、何故だか変な汗が出てきた。


「好きだ。」


とそんなありきたりな、ごくごく一般的に使い古されている言葉を、するりと豪炎寺は口にした。
それはただ、本当に、すらすらと出るのが凄く自然で、それがすっと体の中に浸透していく。
豪炎寺の同世代にしては低い声は、どうにも俺を安心させるのである。
ただそれがどうにも女々しくて恥ずかしいと思う程度には、俺もまだまだ男子なのである。
自分からその言葉を清涼剤として求めていたにもかかわらず、矢張り言われると照れてしまうのはまだ俺が子供だからなのだろうか。


「豪炎寺はさ、凄いよな。」


ふいに口から出た言葉は、自分でも思いがけない言葉で、それを黙って見つめてくる豪炎寺の視線が地味に痛い。
何故だか言い訳をしているような必死さが、自分の中で沸々と湧きあがっていて、なんだかよくわからない。
焦りつつもけれど豪炎寺の方に全く向けなくて、冷や汗がたらりと流れた。
普段から無口な豪炎寺は矢張り何も言葉を発さず、それがますます俺を追いつめていっているような。


「いつも真っ直ぐだしな。サッカーも、他のことも。」


口から洩れる言葉に何を言っているのかもうよくわからなくて、焦りに焦っている自分がどうにも可笑しくなってきた。
欲しかった言葉はもう貰って、安心できるはずなのに、何故こんなにも満たされないのか、それがどうにもわからない。
俺がどんどんと意味のわからない言葉を紡いでいっても、それが墓穴を掘っているような気がしてならないのに、動き出した口は止まらない。
それを黙って聞いている豪炎寺にどうしても申し訳なくなってしまって、思わず立ち止まってしまった。


「……風丸、」


少しだけ数歩先に行った豪炎寺も一緒になって止まる。
もう何が何やら頭が真っ白で、そしてそれがどうしてそうなっているのかすらもわからない。
けれど、豪炎寺が一緒に、立ち止まって此方を振り向いたことに、少なからず喜んでいる自分がいるのもまた事実で、そんな自分が少し嫌になった。
やっと豪炎寺の方を恐る恐る向いて、けれど其処に居る豪炎寺の表情は穏やかだった。
微かに、身近な奴にしか分からないように微笑んでいる。
そして口を開いて、言う。


「…お前もな。」


何が、とかそういうことはまだしも、けれど口下手な豪炎寺がやっとのことで言った言葉はただただ、染みた。
それがどうにも嬉しくて、もうどうしようもない程に、そんな単純でよくわからない何かで納得する自分が実によくわからない。


「そうだな。」


とよくわかっていないのにそう返事をして、そうすると豪炎寺が歩くことを促してきたので、円堂と鬼道を追う。
横にまた並んで、もうそれでいいじゃないかと思えるほどに、すっきりとした心持は、本当に何と言うか。
単純に、酷く澄んでいた。
それほどまでに、豪炎寺の言葉は、俺にとって、酷く、重要で、尊い。





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柚木さんから頂きました「すれ違いからのラブラブ」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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