からり、










例えばそれは唐突に。
急に降ってくるものなんだなあ、と実感する羽目になる。
佐久間がいつもの通り適当に、なんの約束もなしに部活帰りにうちに転がり込んできて、勝手に人のベッドでくつろいでいたときに。
まあいつものことなのでさして気にもしないのだが、帰りにコンビニで買ってきた毎月購読しているサッカー雑誌をぺらりとめくっているときに。
ちらりと、本当にちらりとベッドにあおむけに寝っ転がる佐久間を見た。
真っ直ぐに天井を向いて、けれど疲れているのか半分だけしか目は開いていない。
そして口もこれまた半開きで、佐久間のことを好きな女子が見たら泣き出しそうなほど気の抜けた顔をしていた。
そんな無防備な佐久間を眺めていると、ふと、あ、佐久間のことが好きかも知れないと、唐突にそう、思ったのだ。
そう思ってしまえば後は早い。
勝手に脳が加速して、一気にその想いは盛り上がる。
毎月楽しみにしていたサッカー雑誌なんて目に入らず、佐久間のことで頭がいっぱいになってしまった。
今までこんなシチュエーションなんて沢山あったにも関わらず、何故今日なのだろうと思ったが、まあ恋の始まりなんてきっと、そんな他愛もないものなのだろう。
気付いた時には既に遅くて、急激に早く、とても速く。
進行速度はスピードを増していく。


「佐久間、」


此方を向いてほしくて不意に、佐久間の名前を呼んでいた。
しかし佐久間はこちらを見向きもせず、けだるげに「なに」と返事をした。
そしてさしたる用事などありはしなかったのでありきたりな会話を進めていく。
授業のことや、部活の事、チームメイトのことなどなど。
本当に何のさしあたりもない普通の会話をどんどんと繰り返し、積み重ねていく。
眠いのか、本当に「ああ」とか「うん」とかそして偶に「だよなー!」とテンションが上がったり、相槌を打ってくれるだけでも十分に満たされた。
そして暫くして、何の反応もなくなってどうしたのかと覗きこむと、目を閉じてすっかり眠り込んでしまっていた。
伏せられた目の睫毛が、とても長くて、それをまじまじと観察してしまう。
学校では常に凛として、誰も寄せ付けないイメージが強いであろう佐久間の無防備な姿に、少なからずどきりとした。
その姿を今、自分だけが独占出来ていると思うと、数日前までは本当に何も思わなかったというのに、それだけで嬉しい。
実に小さなことではあるが、幸福に浸れるのだ。
最初のうちはきっと、そんなものだろう。
次第に膨れ上がる欲が、きっとあるはずだ。
けれど今はまだ、こうしてその位置を独占出来ていることだけでも十分で、それが恋であると、これまた充分に理解することが出来た。
好きかも、ではなく、好きである。
そう確実に実感してしまった。


「……」


本当に長い間、佐久間の寝顔を見つめていると途端になんだか少々気恥ずかしくなって慌てて目線を逸らす。
そしてそんな自分に苦笑しつつ、小さく溜め息をついた。
また買ってきた雑誌に目を通しつつ、すうすうと寝息を立てる佐久間に安心しながらもすらすらと内容を頭に入れていく。
室内に響くのはそのページをめくる音と、佐久間の寝息と、偶に寝返りをうつ衣擦れの音。
そんなまったりとした空間にいるのが自分と佐久間と言うことがとてつもなく落ち着く。
当たり前の光景がこんなにも愛おしく、幸福なことであるとは全く気付かなかった。
視界が開けたように、見渡す世界が広い気もした。
気分が高揚し、何気ないことがこんなにも嬉しいとは初めての体験である。
色鮮やかに澄んだ空気すら、何故だか手に取りたくなる程に。
そのまま、佐久間の髪に触れる。
全神経が指先に向いているような、そんな感覚。
相変わらずさらりとした髪は矢張り触り心地がいい。
一ミリも動かない佐久間は規則的な呼吸を繰り返していて、ぐっすりと寝入っているようだ。
ただ一緒にいるだけでいいとか、そこで満足だとか、それでも別に構わないのではあるが、けれど何故か、それでは満足出来ず。
本当なら、いつもならば時間の許す限り寝かせておいてやりたいと思うが。
けれど今日、初めて小さな欲が生まれたことに気付いた。


「佐久間、」


気付いた頃には既に遅く、その名を呼んでいた。
目を閉じた姿も堪らなく好きには違いないが、ただ、声が聞きたい。
佐久間には申し訳ないが、けれど生まれた小さな欲は、歯止めが効かなかった。
ゆさゆさと佐久間を出来るだけ優しく揺さぶると、ようやく佐久間も呼吸だけではないそれに変わる。
口の端から漏れる声を聞きながら、佐久間の覚醒を待った。
ゆったりとだるそうに目を開ける。
それが開ききるのが酷く待ち遠しく、気分がより一層高揚するのを感じるしかなかった。
次第にきっと、どんどんと広がる欲は、全て受け入れられることは難しいだろう。
だがしかし、けれど今は、気付けたことだけでよしとしよう。
まだ始まったばかりなのだから。





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青山さんから頂きました「源田が佐久間を意識した瞬間」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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