my cup of tea










ほこほこと湯気が上がる。
その湯気に目を細めながら、二つ並んだマグカップにお湯を注ぐ。
珈琲をいれるのだ。
珈琲といっても、そんな豆を挽いたり、ドリップしたりと大層なものではなくて、普通にインスタント。
スーパーの特売で198円。
まあ安くてもそこまで通じゃない僕にとっては特に問題はない。
要は飲めればいいんだ、飲めれば。
なんて本当に珈琲を愛している人たちに言ってしまったら怒られてしまうのではないだろうか。

康太は、最近休日は僕の家にいることが多い。
というか殆ど毎週、定例のようにいる。
今日も康太は僕の家に来て、家主の僕をほったらかして僕の部屋にある僕秘蔵のエロ本を引っ張り出して読書中。
まあいつものことだし、僕も康太が傍にいる、という日常がとても気に入っているからさして気にもせずにゲームをしたりいろいろ自由にしている。

康太は珈琲はブラック派である。
それは最近になって知ったことだ。
喉が渇いて何か飲もうか?いる?と聞くと無言で肯く。
そうこうしてる間にいろいろ嫌でも好みがわかってしまう。
いや、全然嫌じゃないし、寧ろ嬉しいけど。
ちなみに紅茶は砂糖をスプーン一杯、ダージリンが好きらしい。
まあ、とにかく康太は珈琲はブラック派なのだ。
だけど僕は毎回聞く。


「康太、砂糖どうする?」


そう聞くと徐に読んでいた雑誌から顔を上げ、こちらを見る。
見て、そしてふるふると、首を横に振る。
毎度のことだからちょっと意地悪かなあと思うけど、その動作がどうにも好きで、毎回のように聞いてしまうのだ。
「わかった」と返事をして自分の分の砂糖を入れる。
右手に僕の、左手に康太のを持って机の上に置くと、聞こえるか聞こえないかの声で。


「………ありがとう。」


という声も酷く耳触りが良くて好きだった。
珈琲を口に運びながら、こっそりと康太を観察する。
片手で僕の入れた珈琲をのみながら体育座りの体で、膝の上に雑誌を置いて啜る。
湯気が目に入って少々辛いのか、目を数回瞬かせながら、飲み進める。
康太の普通の男子より長いまつ毛が下を向いて、雑誌に目を通しながら。
こっちを向かないかなあと念を送ってみる。
多分無理だ。


「康太ー、」

「………なに。」


康太の顔がこっちを向いて、なんだかとても心地いい気持ちになる。
ちょっとしたことだけれど僕は心底康太のことが好きなんだと再確認をした。
話しかけたいいものの、特に何も考えていなかったことに気付く。
とりあえず笑っとけ、とにこりと笑ってみせると、普段ポーカーフェイスな康太がふんわりと笑う。
予想外すぎて少し驚いてしまったけれど、素直に嬉しい。
というか少し照れてしまった。
それに気付いたのか、手に持っていたマグカップを机に戻して雑誌を閉じてそれも机に置く。
康太も少し照れたのだろうか。
耳が若干赤い様な気がする。


「………明久、暇なのか?」

「うん!かなり!」


もしかして観察していたのを気付かれていたんだろうか。
机にもたれかかりつつ僕のほうを見る康太を見てそんなことを思う。
その一方で一度照れるとなんだかずっと尾を引いてしまって、どうにも頬の熱が引かない。
それを振り払うように康太に話をする。


「康太は珈琲好き?」

「………普通、明久は?」

「う〜ん僕も普通かな。コーラとかの炭酸のほうがすきかも。」


そういって珈琲を啜る。
苦みと砂糖の甘みと、よくわからないものが口内に広がる。


「あ、でも。」

「………?」

「康太のほうが好き。」


言って僕はなんてこっぱずかしいことを…!!と多少の後悔。
そして心の隅でしてやったりとも思う。
好きなものには好きって言いたいじゃないか。声を大にして。
だからここぞとばかりに康太には言ってやることにしている。
ただ、僕があまりにも言いすぎるので康太の反応が薄いことが多少不満ではあるが。


「………」


そして、今回は沈黙、である。
この反応はいささか悲しいものがあるな…と思いつつ、また少し珈琲を啜った。
僕を無視した康太は机に置いていたマグカップを手に取る。
珈琲の水面を見つめている康太の伏せられた目が湯気でちらちらと見えたり隠れたりしている。
ずっと変化のないその表情を見ていると、康太の口が少々動いた。


「………き。」


ちらりとこちらを見てまた珈琲を啜る康太が何を言ったのかはよく聞こえなかったけれど、照れているところから見るに、僕にとってはとても喜ばしいことだったんだろう。
今回は惜しいことをしたけれど、また今度、聞ける機会はいくつもある。
そう思って僕はほっこりしたような気持ちで残りの珈琲を飲みほした。




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