こっち向いて










それは実に異様な光景だった。
先程までぴんぴんしていたムッツリーニがいつの間にか顔を真っ赤にして僕にすり寄ってきたからだ。
男に擦り寄られても普段は嬉しくも全くないのだけれど、なんだか妙に可愛く感じてしまうのは気の所為だと信じたい。
うん、気の所為気の所為、と自分に言い聞かせてから僕の左隣にべったりなムッツリーニのほうを向いた。
いい加減離れようよ!と言うつもりで。
しかしそれは無残にも打ち砕かれることになるのは数秒後。


「ムッツリーニ、あのさ、」
「………あきひさ?」
「…うっ」


思わず呻いてしまったのはわけがある。
まずは落ち着いて、落ち着いて聞いてほしい。
ムッツリーニは小柄である。
小柄でそして顔は可愛い。
女装されても僕と雄二が全く気付かなかったほどである。
想像してほしい。
もし君の横に今、そんな感じの小柄男子がぺったりとひっついているとしよう。
そしてその子に酔いで潤んだ瞳で見つめられてしまったら?
しかもずり落ちている所為か、心なしか上目遣いで見つめられてしまったら?


(可愛い…!!)


となんとまあ実に素直な感想を抱くに違いない。
間違いなく、不覚にも僕はそれ以外の感想なんてものは一切浮かばなかった!可愛い、可愛いよムッツリーニ!!
寧ろもう『ムッツリーニ』呼びではなく『康美ちゃん』と、敬意を表してそっちの名で呼んだ方がいいかもしれないとすら思う。
しかしどうしてこうなってしまったのか、ということをすっかり忘れてしまっていたわけだが、原因はあれだろう。
こうみちゃ…いや、ムッツリーニの目の前にある姫路さんと美波お手製の洋酒入りのケーキ。
殆ど美波が作ったらしいから大丈夫だろうと思っていたが実に油断した。
確実にお酒の量が多すぎるのである。
まあそんな酔うほどではないと思うのだけれど、ムッツリーニはきっと。
いや、絶対。
ものすごく極端にお酒に弱いに違いなかった。
まあ結構量も食べているし、姫路さんが加担したとなればどうなっても仕方ないとしか。
それにまあ可愛いし、可愛いし。
なんかもう結果オーライでいいんじゃないかな。
よしよしと頭を撫でてやればまるで猫のように擦り寄ってくる様が実に可愛い。
普段女子のスカートの中ばかりを狙っている極悪非道なえろ紳士とは思えない程に。
なんだか駄目な方向に横道それちゃいそうな、それくらい半端ないほどに可愛い。
おかしいな、さっきから僕可愛いしか言ってないぞ。


「おい、」


するとBクラス代表の根本君が不意に教室に入ってきた。
手に持っているプリントからすればきっと先生か何かに頼まれたものを持ってきたのだろうと勝手に推測しつつ、根本君に視線を映しているとこれまた不意に。
ムッツリーニがすっと立ち上がったかと思うと根本君に擦り寄った。
抱きつき魔なの?ムッツリーニ酔ったら抱きつきにいっちゃうの?
ぎゅうと抱きつかれて満更でもなさそうな顔をする根本君に何故か無性に腹が立った。
めらめらと何か心の奥底で燃えている気すらする。
なんだかその根本君の顔が、顔が、顔が、実に腹ただしい。


「ムッツリーニ!」


こうなったら、とムッツリーニの名前を呼ぶ。
するとそれに反応してとろりとした目のムッツリーニがこちらを向くので、それと同時に目の前に食べかけのケーキをちらつかせた。


「ほら、こっちこないとあげないよ〜!」


名付けて、『餌付け大作戦』である。
そのまんまだとかそういうことは言ってはいけない。
案の定なんだかゆるゆるとしているムッツリーニは根本君から離れて僕の方に来た。
普段なら絶対クールなポーカーフェイスのまま「………そんなもので俺が釣れると思うな」とか言いそうだけど流石酔っ払い。
実に素直に食べ物につられてやってきてまた僕にぎゅうと抱きつくのでそのまま口にケーキを入れてやる。
もごもごと口を動かしながら食べる様はさながら何かの小動物のようで実に愛らしい。
するとである。
こともあろうか根本君が対抗してきた。
懐から何かを出すとそれはなんと購買の幻のパンそのものである。
何故君が持ってる!と問いただしたくなるほどレアなパンをひとちぎり、ムッツリーニの前にちらつかせる。
僕の戦法をぱくるなんてなんて卑怯な!流石根本君!逆に尊敬する!


「ほら、どうした土屋、いらないのか?」
「ムッツリーニ〜これおいしかったよね?もうちょっと食べたくない?」
「………」


ムッツリーニが揺らぎだしたのかそわそわしだした。
こうなってはもう負けてられない。
これは僕と根本君、男と男の勝負である。
負けられない、この勝負負けてなるものかと僕らの間に火花が散り始めた。
するとその時である。
がらりと扉が開く音がして、入ってきたのは…


「ムッツリーニくん、いる〜?」


工藤さんである。
Aクラスの工藤さんである。
何故二回も言ったのか僕にもよくわからないけれどとにかくAクラスの工藤さんがやってきたのだ。
するとそれまで何か考えていたムッツリーニがすっと立ち上がってあろうことか工藤さんに抱きついたのである。
…思わぬ伏兵である。


「あれ?どうしたのムッツリーニくん。今日は積極的だね〜」


だなんて、実に爽快に笑いながらムッツリーニの頭を撫でる工藤さんになんだか負けたような気がして、悔しい。
一層目の前にケーキをちらつかせてみるものの、矢張り食い気より色気かムッツリーニ…!!
まあ仕方ないよな、と思って諦める。
根本君も諦めたのか、気付いたら既にいなかった。
持ってきたプリントもそのまま持って帰っていて一体なにがしたいのかよくわからない。
微笑ましいような羨ましいような二人をみながら、とりあえず敵前逃亡とみなし僕の勝利だろうと勝手に決着をつけてみる。
けれど何故か、妙に胸がざわりとしたのを僕は見逃さなかった。





***
山田さんから頂きました「明久と根本が康太を取り合って火花バチバチ」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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