※明久と康太で双子パロ
 明久が兄で康太が弟です。
 苦手な方はご遠慮ください。

さよならジェミニ










コンコン、と俺の部屋の向かいの部屋をノックをする。
いくら同じ家に住んでいるといっても、そういうところはきちんとしなければと教えられた。
親しき仲にも礼儀あり、というやつだ。


「はーい!」


聞きなれた声が部屋の中から響いて、それを合図にドアを開ける。
目に入ったのは段ボールの山、山、山。
そう、18年間一緒に暮らしたこのかた割れは、明日この家を出て行くのだ。


「康太、どうしたのさ。」


その段ボールから少し離れたところのベッドに寝ている明久。
俺が引きずってきた枕を明久の目線の高さに持っていくと「ああ、」と明久が心底嬉しそうに笑った。


「昔は一緒によく寝たよね。」

「………(コクリ)」


布団でお互い仰向けに寝ながら、横にいる明久がそんなことをいった。
そう、昔は。
双子だった俺たちはいつも一緒だった。
数時間先に生まれた明久が兄で、俺が弟。
二卵性だったから顔は似ていないし、背丈も全然違う。
よく比べられたし、それが原因で喧嘩もした。
同じ部屋で同じ勉強机で同じベッドで。
一緒に大きくなって、泣いたり笑ったり騒いだり。
何時頃俺達の部屋は別々になったのかはもう思い出せない。
ただ、気付いたら。
気付いたら別の部屋で、そしていつの間にか、大学に進学するという名目で、明久は、明日この家を出る。
俺はというと地元の大学に進学する。
県外に行く、っていうのは結構前から知っていたし、心の準備もしていたけど。


「明日には別の家で暮らすなんて変な感じがする。」


それは俺のセリフだ、と思う。
いた面影のある家に残る俺と、いない新しい家に行く明久とでは重みは違うのだから。
いろいろな所に明久の面影を追ってしまって、酷くそれは寂しいものだろうと既に思う。
既にこんなにも、恥を忍んで兄弟と一緒に寝る選択をした俺であるのに明日から一体どうなってしまうのだろうか。
泣く、のだろうか。
それについては検討もつかないけれど、心に何か穴があいてしまったような、体半分を持っていかれるような感覚。
不安、なのだろうか。


「不安だな。」


明久が、俺の心を読んだようにふいにそんなことを言う。
見た目が全く違う俺たちだけれど、変なところで繋がっているとしみじみ思う。


「康太、泣いちゃうんじゃない?」


まるで冗談をいうような軽口。
そういいながら無邪気に笑った顔を俺のほうに向けた。
ああ、明日からはどんなに見たくても、なかなか見れないに違いない。
お盆や正月、長い休みは帰ってくると両親に言っていたのを聞いていたけれど、そんなのその時にならないとわからないじゃないか。
向こうで彼女だってできるかもしれないし、バイトが忙しかったり、友達と遊ぶのが楽しかったり。
都会にはきっといろいろ魅力的なものが多いに違いないのだから。
次に帰ってくるときはきっと俺の知らない部分をいっぱいいっぱい兼ね備えた明久になっているに違いない。


「…康太?」


心底心配そうに、さっきまでの笑顔が嘘のように明久が俺のほうを見る。
考えれば考えるほどぐるぐるぐるぐる、止まらない言葉は、どんどん俺の脳髄と五感すべてを支配するんだ。
勿論、涙線だって。
だって、おかしいだろう。
俺たちは同じ場所から、ほぼ同じ時間に産まれてきて、ずっとずっと同じ道を進んできたんだから。
幼稚園だって、小学校だって、中学校だって、高校だって、ずっとずっと一緒だった。
共有してきた時間がなくなる気がして、もう道が交わることなんてないような気がして。
覚悟をしていたつもりだったのに、俺は明久がいないとこんなにも弱いんだ。
そんなことを、今更になって気付く。
もう遅いことなんてわかってるけど。
ぶわっと堤防が決壊したのが分かった。
とめどなく、しとどに、だらしなく。
でも止める術がわからなくて、どうしようもなくて。


「康太、どうしたの。」


柔らかい笑みを浮かべ、俺の頭を撫でる明久。
こんなときは昔からいつもちゃんと、俺の兄貴だ。
よしよしと、温かい手が何度も俺の頭の上を移動する。


「………あき、ひさ、」


そして昔、そうだったように、とても安心する。
俺は双子だったけれど、やっぱり弟でしかなかったのだろうか。
昔みたいに、昔みたいに。
繰り返す度にいろいろと思いだす。
ああ、そういえばこういうとき俺は、


「………明久、だき…ついてもいい…?」


絞り出す、これが精一杯。
今の俺にはどうしても明久が必要で、縋るしかない。
もうこの瞬間、今日しかないのだから。


「ん。おいで。」


それを合図にこれでもか、これでもかと力を込めて。
背中に腕をまわして、幼少期のように。
あの頃より大分成長した明久の体が、どうにも不思議で、ずっと一緒にいたのに長いことこうしたことはなかったとしみじみ思う。


「落ち着いたら遊びにおいでよ。」


俺の頭を優しく優しく撫でながら、そんなことを言う。
なんだかおかしな響きだ。
遊びに来い、だなんて今まで言われたことなかった。


「僕も長い休みは絶対帰ってくるから。」

「………でも、」


俺が何か言おうとしたら、目の前に小指。
すっとだされたその後ろで明久が少し寂しそうに笑うのだった。


「指切り、しよっか。昔みたいに。」


俺もおずおずと小指を出して、我ながら情けないことに指が震えていたけれど、それでも一生懸命明久の指に絡める。
そしてなつかしい、そのフレーズを口ずさみながら、寂しさは勿論あるけれど、きっと昔の思い出と一緒でこの記憶もずっと俺の中で生き続けるのだなと思うと少しだけ、本当に少しだけ明日から、明久は傍にはいないけれど頑張れる。
そう思った。
この指の感触も、頬を伝う涙の温度も、今にも泣き出しそうな明久の顔も、きっとずっと忘れることはないだろう。





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