開けてはならぬ醜き箱 代表選考に落ちた佐久間は荒れに荒れていた。 表面上は仲間たちの代表入りを祝福し、自らが落選したことを気にも留めていない風だった。 けれど、練習の面では違った。 明らかに無茶をし、明らかに練習量が増えたのだった。 それは本当に目に余るほどで、辺見や、寺門も心配していた。 今日も皆が帰った後にひとりだけ残っていて、シャワーを浴びて着替えたあとも帰って来ず、心配になってきてみれば、またひたすらにゴールに向かってボールを蹴り込んでいた。 後ろから見るに、相当息が上がっているようで肩が激しく上下していて、流れる汗はユニフォームに染み、額にも溜まっているであろう汗を乱暴に拭った。 「・・・佐久間、」 そろそろにしたらどうだ、と部室に置きっぱなしになっていた佐久間のタオルを渡す。 しかし佐久間はそれを受け取って、俺を一瞥して直ぐにゴールに視線を戻した。 そしてまたボール蹴ろうとするのでその肩をぐっと掴んでとめる。 今度こそ俺をじろり、と見た佐久間の左目は俺を捕らえた。 酷く不機嫌そうに、周りには近頃あまりそういう態度は見せなかったというのに、あからさまに苛ついている様だった。 チッとわざとらしく舌打ちをして、なんだよ、と酷く低い声で言う。 「練習時間、過ぎてるぞ。」 「知ってる。」 「あまり無茶はするな。」 「してない。」 あまりにも短絡的な会話が続く。 ふとみると佐久間の足ががくがくと震えていて、もう本人も限界だと気付いているはずなのに、意地を張っている。 その震える足を見ていると、あの時を嫌でも思い出す。 真帝国。 あの時の悪夢を思い出してしまうのだ。 佐久間は無茶をする。 自分の目的の為なら自分の体がどうなっても厭わない。 真帝国以来は懲りてしなくなったと思っていたが、少しの原因は大きな衝動を与える。 そういう節が佐久間にはあったからこそ目を離さないよう、気をかけていたつもりだったが、佐久間自身が今回は気味が悪いほどにその感情を押し込めて、あたかも普段より少しだけ、多く練習しているという体を保っていたから、気付くのが遅くなってしまった。 佐久間の体は当に限界のようだった。 俺が話しかけたことで何か張り詰めていたものが切れたのか、足の震えががくがくと大きくなる。 そのまますとん、と地面にへたり込んで、それでもなお、その眼光の鋭さは衰えない。 まだ出来る、といわんばかりに地面についた腕にぐっと力を込め、立ち上がろうとするがそれも叶わず。 懸命にそうする佐久間を見ていられなくて、もう一度肩を強く押して地面に落ち着けさせると、佐久間の眼光の鋭さは消えた。 「・・・鬼道と、」 ぽつり、と佐久間が呟いた。 「また鬼道と一緒にサッカーがしたい」とそう言った。 その言葉は実に、切に響いた。 鬼道は結局、帝国に戻ってくることはなかった。 一度帝国で練習した時の様子から佐久間も雷門で鬼道が活躍することを望んでいるように思えた。 けれど実のところは我慢していたに違いなかった。 俺だって鬼道とまたサッカーしたいと思っていた。 しかし佐久間はかなり鬼道に依存していた、ということをすっかり忘れていたのだった。 佐久間は鬼道のことをすきすぎる。 好きというのは友愛、ではなく敬愛の念が強いと思う。 だからこそ、今まで蓋をしていた「また一緒にサッカーをしたい」という思いが、目の前に可能性としてちらつかされて、溢れ出てしまったのだろう。 選考試合に落ちたことが人一倍悔しく、まだ戻れるという可能性に懸けたい、と思ってしまったのだ。 目標の為なら頑なになることは、佐久間の強みであり、欠点でもある。 「・・・とりあえず、今日はもう休んで明日がんばろうぜ。」 そう声をかけるので精一杯だった。 佐久間が心配で、止めたくもある。 だがしかし、己の内に渦巻いているものは全くの別物だった。 前回もそうだった原因、『鬼道』。 佐久間をこれほどまでに突き動かす存在の鬼道にどうしようもない感情を確立させられてしまったのだ。 俺だって勿論鬼道のことは好意的には思っている。 けれど、こればっかりは。 自分ではどうしようもならない感情で、一番混乱しているのは、嫌悪しているのは己自身で。 それをあふれ出さないよう、あふれ出さないよう、蓋をしようと必死なのだ。 「・・・わかった。」 そう言って、少しだけ普段の表情を取り戻した佐久間が起きれないのか「起こしてくれ」と手を伸ばしてきた。 その細い褐色の腕を掴むと引き上げる。 その時、ほんの少しだけ。 押し込めた隙間から漏れたそれが、手に力を込めさせた。 ぎゅ、と握ってそのときに佐久間が小さな声で「源田、痛い」と言ったが、どうにもそれを理解できなかった。 *** ちえさんから頂きました「鬼道さんに嫉妬する源田」でした。 フリリク企画にご参加、ありがとうございました! これからも宜しくお願い致します。 . |