宵闇テレプシコーラ 5











深夜の電話は悪い報せ。
とはよく言ったもので、まあ滅多にないものであるから、仕方のないことだろう。
けれど、自分の携帯が勉強に疲れてそろそろ寝ようか、と思った深夜2時、突然になったので少々驚く。
なんだか胸の内がざわざわして、どうにも、よくわからない。
恐る恐るベッドに放り投げた携帯を手に取ると、どうやらメールの着信のようだった。
ざわり、ざわり、とそれに侵食されながら、恐る恐る携帯を開く。


「あ、」


それはなんとも、珍しい、佐久間からのメールだった。


最後に佐久間に会ってから、あの同窓会から既に3カ月が経過していて、季節は緑が生い茂る、初夏だった。
ざわつく胸に気付かないふりをしながら、忙しい毎日を過ごしていくうちに、あまり思い出さなくなった時、本当に唐突にメールが届いたのだ。


『明日、そっち行くから。付き合え。』


と有無を言わさない内容だった。
相変わらず自分勝手ではあるが、それを拒否するという選択は俺にはなかったのだ。
そのあと少しだけメールをして、約束を細かにしていく。
佐久間から時間と場所を聞き出し、そして粗方決まったところで佐久間からの返事は切れた。
とりあえず寝るか、と布団に潜り込んで、勉強疲れの所為か、いつの間にか朝になっていた。


待ち合わせの時刻は午前10時。
待ち合わせ場所の帝国学園の最寄り駅につくと、珍しく、佐久間は先に来ていて、俺に気付いておう、とぶっきらぼうに手を上げた。
パーカーにジーンズといったとてもラフな格好で、突っ立っていた佐久間は、俺に近づいてきて「とっとと行くぞ」、と歩きだしてしまう。
3か月経って、少しだけ伸びた髪の毛が、風に揺れて。
その後をついて行くとやはり不思議に、中学の頃に戻れる気がした。
どうにも佐久間に会うと、俺は哀愁に耽ってしまうようだった。
その背中にあの頃のように追いついて、「何処に行くんだ?」と聞くとまずは「雷門中」と言われた。
酷くぶっきらぼうに答えられてしまったがその表情は嬉々としていて、楽しそうである。
正直なところ、何故急に?と思ったがまあ確かに昔から、思い立ったら即、な部分があったような気がする。
雷門中に行ったあとは、商店街へ行き、適当に飯を食べる。
そしてそのまま、河川敷、放課後よく通った場所だったり、いろいろ。
あの頃を思い返すかのように、思い出の場所を、思い出を懐かしむように周る。


「変わってないなぁ。」


と佐久間は事あるごとにぽつり、とつぶやいた。
確かにここら一体は、あまり変化がなかった。
東京と言ってもさほど、移り変わった様子はなく。
けれど、変化というものは俺たちをどんどん、蝕んでいっているのは事実で。
それを佐久間もよくわかっているのだろう、目を細め、懐かしく、何を思うのか。
街にはさほど変化はなくとも。
いや、あったのかもしれなかったけれど。
俺たちはすっかり大きくなってしまった。
それがいいことだと、わかってはいるけれど。
やはり過去は輝かしいものだ。
失ってから分かるものが多すぎて、眩暈がしそうだった。
佐久間も。
中身はなにひとつ、変わっていないのかもしれない。
でもその中身とは表面上の中身の話で、もっと奥深く突き進んだ先にいる佐久間の本体は、きっと、変化しているに違いないのだ。
彼の見た目が変わったように、それはきっと、いや絶対。
変化は人が生きていくうえで、絶対なのだ。
俺だってそうだ。
知らなかったこと、見たことないもの、聞いたことないもの、経験して、吸収して。
変わっていない筈、なかったのだ。
どんどんと年齢とともに、精神も大人に近づいて、中学のあの頃のようにはもう、戻れはしない。
それは喜ばしいことなのに、酷く辛く、悲しいものだと知った。


「おい、源田、どうした。」
「…ああ、すまない。」


風に揺られる佐久間の顔を見ながらどうやらぼんやりとしていたようだった。
佐久間が絡むと本当に俺はどうかしている、と最近思う。
それほどまでに、俺の中学時代は佐久間の存在が大きかったのだろうと思う。
今まで殆どその存在を忘れかけていたというのに、やはり傍にいると影響力は半端じゃない。


「あー…もう大分暗いな。」


佐久間がそう言った。
西のほうを見ると、太陽がもう沈みかけていて、赤や橙、紫が混ざった空は、酷く綺麗だった。
一日はあっという間で、佐久間について歩いただけだったが、もうそろそろ終わりも近い。


「なあ、源田、最後に一か所、行きたいところあるんだ、」


付き合ってくれない?と言われて首を当たり前に縦に振る。
すると佐久間が酷く、それはもうかなり穏やかに笑うので、どうしたものかと思う。
そして一瞬、本当にごく一瞬、伏せられた目が、どうにも胸をざわつかせるのだ。
佐久間が前をすっと向き、そして言う。


「帝国学園に行きたいんだけど。」


その口が、示した先は、通いなれた学校だった。




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