群青ビロード










「「………あ、」」


夜のコンビニ。
なんとなく、夜道を散歩したくなって、散歩をしていて。
そしてこれまたなんとなく、光に吸い寄せられる蟲のように夜道でも明るいコンビニに吸い寄せられるように入ってしまった。
そこで雑誌(夜なのでアダルトな雑誌を堂々と読んでも僕は全然オッケーだと思う。)を取ろうとしたのだが、同時に取ろうとした手が一つ。


「趣味が合うね、康太。」

「………そのようだな。」


こんなところでこんな時間に会うとは思わなかった恋人と、数時間ぶりに再開した。
学校のときや、平日遊ぶのとは違う上下黒のスウェット。
ちなみに下は短パンである。
その辺の男子の平均よりは幾分ちんまりとした姿なので、その服装はよく似合っている。
髪が少し濡れているところをみると、風呂上りに中途半端に髪を乾かしたあとに来たのだろう。
風邪ひいちゃうよ。


「こんな夜遅くに何してるのさ。」

「………そっちこそ。」


二人で一つのえろ…いや、保健体育の参考書をちらちらと見ながら会話をする。
今は夜の11時を回っている時間帯で、夜の街を徘徊している姿などを鉄人に見られたら確実に説教→お仕置き→補習のフルコースに違いない。
それにエロ本を読んでるし。あ、ついにモロに言ってしまった。


「僕は…散歩だけど。」

「………俺はトレーニング。」


ああ、そうか。走ってたのか。
何時如何なるエロのために体を鍛える男、その名もムッツリーニ。
寡黙なる性識者の名は伊達じゃない。
髪が濡れてたのも汗なのだろうか。
よくよく見ると額にも汗が浮かんでいる。
汗だとわかった途端、汗ばんでひっついた髪が情事を思い出させて少し体が熱くなった。
なんでだ、僕。コンビニで盛ってどうする。
そもそもこの参考書を読んでいるのがいけないんだ。
そう思って読んでいた本を雑誌置き場に戻すと少し残念そうな顔をした恋人が横目に入った。

すこし立ち話をしていたが、店員の目が気になりだしたのでコンビニを後にする。
お金なんて仕送り三日前の僕にあるはずもなく、二人して何も買わずに店を出た。
日付が既に変わっている。
夜道は車一つ通っていなくて、音と言えば僕と康太の足音。それだけ。
空は案の定真っ暗で、月とか、星とかそういう類のものが浮かんでいる。
ひょこひょこと隣を歩く康太。
昼と夜とではこんなにも印象は変わるものなのか。
何故だか少しばかり危なっかしい気がする。

しばらく一本道を進むと、僕と康太の家への分かれ道。
どちらの通りもやっぱり真っ暗で、人っ子一人いないのだろうか。


「家まで送っていくよ。」

「………?………心配ない。」


そう言って拒否される。
確かに康太なら変質者に絡まれることも多分ないに等しいだろうし、絡まれたとしてもすんなり回避は出来るだろう。
でも、送るというのは建前なんだ。


「もう少し、一緒にいたいんだけど、駄目かな?」


素直にそう伝えてみた。
康太は暫く間を置いた後、「………わかった」と小さな声で呟いた。
きっと、いつものポーカーフェイスが崩れて、顔を真っ赤にしているのだろう。
暗くてよく見えないから、想像でしかないけれど。

康太の手をさりげなく掴むと体がかたく、びくり、と動いた。
ぎこちない動きに少しだけ苦笑しながら、くいと手を引っ張ると黙ってついてくる。
普段なら外で手をつないだりなんてできないけど、夜はどうやら人を大胆にさせるようだ。
まあ誰も見てないし、きっと。
暫くすると康太の動きも自然になっていき、微かに僕の手を掴む。
僕はとてもうれしくなってしまってもっと力を入れる。


「………明久、痛い。」

「えっ!?ああ、ごめんごめん。」


少し手の力を緩めて、また歩く。
気恥ずかしさから会話はあまりないけれど、無言ですらも心地いい。


「………ここ。」

「ああ、そうだね。」


気付くと康太の家の前についていた。
少し名残惜しいけれど、手を離す。


「じゃあまた明日。」

「………違う。」

「…?」


康太の顔は、マンションの光に照らされてよく見える。
少し寂しそうに、笑うのだった。


「………またあとで。」


ああ、そういえばもう日付は変わっているんだった。
夜の闇の前では何もかも無意味だ。
感覚なんてものはないに等しいのだから。
また数時間後、康太に会えるという事実が、酷く嬉しかった。





戻る



.