違う顔を見せて











鬼道くんの阿呆、と実に恨めしげにそう言われてしまってはどうすることも出来ない。
まぁ“拗ねる”という感情を面にだしてくれるようになったのは充分な進歩には違いないのだが、そうじっとりと見られると何とも息が詰まった。
確かに、こうさせてしまった責任は俺にあるのだが。


「鬼道くんの、馬鹿。」
「すまない。」
「チンカス。」
「…す、すまない。」
「チリ毛。」
「……すま…ない…。」


取り敢えず謝り倒す俺にますますご機嫌を損ねてしまったのか。
はぁ、と盛大に溜め息をつかれてしまう。
ちなみに、不動が拗ねた(この表現を使うと確実に怒るに違いないのだが)理由というのも実に仕様もないものではあるのだが。


「…佐久間と2人で話し合いをしていたのが気に食わなかったのか?」


正直、それしか思い当たる節はなかった。
まさかあの不動がやきもち等と、天地がひっくり返っても有り得ないことだと思っていたから、適当に言ってみただけであるのに。


「………うっせ、」


とそれまでの威勢はどこへやら、小さな声でそれだけぽつりと呟いてそっぽを向いてしまったのだった。


「…え、」


俺は思わず固まってしまう。
本当にそうらしく、先刻までの実に幼稚な罵声は止まってしまう。
これがあれか。
目金から聞いたデレ期…?というやつなのだろうか。
俺たちは付き合ってはいるものの、その現実感は薄く、ただ他の奴らより少しだけ多く会話するのみだった。
だから、こんなにも甘えた態度を取られてしまうとなんというか、その。
可愛い、と思ってしまうわけで。


「……っ!」


その衝動の儘、勢い付けて腕の中に押し込めてしまうと、不動が慌てて暴れる。
それを抑えつけるように、ぎゅうと力を込めれば、次第に不動の力が抜けていった。
抵抗するのを止めた不動は疲れたのか俺の肩に顎を置く。


「…なにすんだよ。」


と実に不機嫌極まりない声で言われる。
衝動的に抱き締めてしまったが、よくよく考えると不動に対してこういうことをするのは初めてだった。


「す、すまない。」
「…謝るぐらいならやるんじゃねーよ。」


咄嗟に謝ってしまい、不動が更に気を悪くしたのか俺と不動の体の間に腕を入れて、ぐっと、離れようと俺の胸を押す。
だがしかし、離したくないと心の内で抵抗し、それが体にも顕著に現れて、また強くぎゅうと抱き締めてしまったのだった。


「…なっ!離せっ!」


暴れる不動を宥めるように、その薄い骨ばった背を懸命に、だが優しく撫でる。
しかしまだ離れようと必死な不動に、どうしようかと考える。
体で利かないなら、言葉で、だ。


「不動が可愛かったから、つい…衝動的に。」


案の定、ぴたり、と動きが止まった。
はっきりと、自分が思っていることを、そっくりそのまま伝えてみた。
もしかして怒り狂って更に暴れるかとも思ったが、そうでもなさそうだ。
再び俺の腕にすっぽりと収まったまま、微動だにしない。
すると、大人しくなっていた不動が口を開く。


「…お前、頭大丈夫か?」


いやに冷静に、静かに言うもので。
失敬な奴だ、正常に決まっているだろう。
恋人を『可愛い』と思って何が悪いというのだ。


「安心しろ、いつも通りだ。」


そう告げると、じゃあ普段から頭湧いてんじゃねーの、と言われてしまう。
可愛いものを可愛いと思って何が悪い。
と、ここで少々むきになってしまった感が否めない。
抱き締めていた手を両肩に置き、がっと距離をおいて、手はそのまま。
肩をがっしりと掴んだまま、不動の顔を見ると驚いた表情をしている。
見開かれた両の目は、ぱちり、と瞬きひとつ、しやしない。
そのまま。


「好きだ、」


と想いのたけをぶつけていた。
言葉で通じないなら、言葉の上乗せ。
それでも通じないならもっと、もっと。


「俺は…不動、お前のことが好きだ。いや、寧ろ愛している。だから佐久間に妬いてるお前が可愛いと思った。…嬉しいと思った。」


と全てを順序立てて説明し、はっと我に帰る。
今なんかとてつもなく恥ずかしいことを言わなかったか、と。
慌てて不動の方を見て、余計に慌てる。


「…あっそ、」


そういう不動は顔を斜め下に背けていた。
その顔はほんのり赤く染まっていて、初めての反応に驚く。
確実にデレ期とかいうやつに違いないと今度は確信する。
実に見事に照れてしまっては、じろりと睨まれても、全く効力がなく。
口を尖らせてふてくされたかのようにも見えるが間違いなく照れている。


「…はぁ、もうなんかいいわ。疲れた。」


そのまま、照れ隠しかなんなのか、不動の細い白い腕が伸びてきて、俺の首に纏わりつく。
それを受け止めてやり、背中に手を回してやると、ゆったりと体を任せてきたので、なんとか機嫌を回復させることができたらしい。
先程と同じように、肩口に顎を置いていた不動が、あ、と小さな声を上げる。


「…どうした?」
「そういや言うの忘れてたわ。」


それからひと呼吸、置いて。


「俺も愛してるぜ、鬼道。」


と、位置的に鼓膜にダイレクトにその声は刺激し、今度はこちらが照れる番だった。
やはり不動明王は一筋縄ではいかない男である。





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匿名さんから頂きました「鬼不で喧嘩」でした。
フリリク企画にご参加、ありがとうございました!
これからも宜しくお願い致します。




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